映画『ドクタースリープ』原作小説との違いと、前作『シャイニング』との繋がりを考察。

シェイプオブウォーター今回は映画『ドクタースリープ』のお話。
前回お話しした『シャイニング』の続編映画である。
前回記事はこちら
badendnihaimigaaru.hatenablog.com


ドクター・スリープ(字幕版)

ドクター・スリープ(字幕版)

  • 発売日: 2020/01/30
  • メディア: Prime Video




『ドクタースリープ』はとてもややこしい映画なのだが、その理由は前作映画『シャイニング』がややこしいからなのだ。

『シャイニング』ではスティーヴン・キングの原作小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した。
その結果全く別のストーリーになってしまいキングが激怒したが、そのキューブリック映画が多くのファンを産み出した。

その『シャイニング』を巡る二人の確執があるので、続編と言われても
「小説と映画、どっちのシャイニングの続編なの?」
とシャイニング鑑賞済み視聴者が困惑してしまうのだ。

“キングが、小説版シャイニングの続編として書いた小説版ドクタースリープを、キューブリック式のシャイニングに繋がるよう小説のストーリーを改編をして作った映画”というのが答えである。

なんともややこしいのだが、
この映画はこの製作背景があるからこそ、多くのファンを満足させながらも、(私を含める)一部のファンを置き去りにしてしまった、キングの自己満足映画なのだ。

ここからは『シャイニング』を巡る二人の確執の所以である根本的思想の違いを、まず知っておいて頂きたい。
前回の記事はこちら。

映画『シャイニング』裏話、考察、感想。ラストシーンは製作陣の確執から生まれた。 - バッドエンドには意味がある


キューブリックが死去してからも映画版『シャイニング』を酷評し続けたキングが、『ドクタースリープ』で小説をどう改編したか、何故そうしたのかお話ししていきたい。

特に小説版のラストは個人的に映画より素晴らしいと思うのでがっつりネタバレしていく。

なお、私は本作に対して少し批判的な意見を持つが、映画版『ドクタースリープ』をキングは大変気に入っており、その辺りについてまとめられた記事など、この映画を称賛する記事は最後にまとめておく。


映画版のストーリー(ネタバレ)


“起”
前作「シャイニング」での事件後、ダニー・トランスの心理的なトラウマは残り続けている。
237号室の腐敗した女性の亡霊も含めたオーバールックホテルの亡霊はダニーを現在も追跡しており、いつか彼の能力シャイニングを貪ろうとしている。

オーバールックホテルのシェフであったディック・ハロランの霊はダニーに対し、以前のホテルのオーナーであるホレース・ダーウェンの霊も含めたホテルの亡霊達を、ダニーの心にある虚構の箱に封印するよう伝える。


“承”
その後成人したダン(ダニー)は、父の短気な性格とアルコール中毒を受け継いでいたが、アルコールを断つことを決断し、小さな町であるフレージャーに住み、観光名所やホスピスで働き、アルコール中毒者支援団体のセラピーに参加する。
長年に渡りアルコールの力で抑えられていたダンの超能力が再度目覚め、死の縁にある患者に慰めを行い「ドクター・スリープ」のニックネームを得る。

その後、ダニーより強い超能力を持つ少女アブラ・ストーンからダンの元へ黒板を媒介にメッセージが届き二人のシャイニングを使った交流が始まる。


“転”
ある夜、アブラはその能力により、半不老不死のヴァンパイア集団トゥルー・ノットによる少年への拷問虐殺の儀式の目撃者となる。

彼らはシャイニングの能力を持った者が苦痛を伴って死んだ際に抽出される生気を求めて、アメリカ全土を彷徨い、定期的に生気を貪っていた。
トゥルー・ノットのローズ・ザ・ハットはアブラの存在に気づき、無限の生気を得るために彼女を拉致しようと企てる。

アブラは超能力を使い、アブラのことを探ろうとしたローズを罠にはめた、痛め付け、逆にローズの情報を得るがローズの怒りをかってしまう。

アブラから助けを求められたダンは、友人ビリーとアブラの父デイビッドに二人の関係を明らかにする。
始めは怒りをあらわにし懐疑的であったデイビッドであったが、徐々にダンを信じるようになり、アブラを守るため計画への参加に同意する。

そしてローズの仲間と対決しビリーとデイビッドを犠牲にしたがダンとアブラは打ち勝った。
その後二人はかつてのオーバールックホテルにローズを誘い出す。


“結”
バーでは自分のことをバーテンダーだと思っている父の霊と奇妙な邂逅をする。
その後ダンはオーバールックホテルで亡霊が入った“箱”を解放し、ローズを襲わせ勝利した。

アブラをホテルの外に逃がしたダンは、ボイラーを破裂させ自分もろとも幽霊達と呪われたホテルを葬り去る。
そして霊となったダニーはハロランと同じようにアブラのもとへ赴き、シャイニングを両親に隠さず生きろと言って、アブラはそれに従う。
シャイニングは個性の輝きとなる。

(Wikipediaより引用、編集)


小説版との違い(小説ネタバレ)

・ハロルドが死んでいる
キューブリックにより映画版では殺されているので辻褄合わせだ。


・トゥルーノットの一人が普通に消滅する
→小説では野球少年が患っていた麻疹が移り死ぬ。本来人間達(下民)の病気は移らないのだが、彼らは弱っていた。そして感染拡大していくこの麻疹を治癒するためにアブラの協力なシャイニングを追い求める。


・ホテルが残っている
→映画版で父ジャックがホテルを爆破しなかったため。
小説ではホテルの跡地にトゥルーノットの本拠地といえるキャンプ場になっている。


・アブラの祖母が登場しない
→小説では癌で死ぬ際、ダニーに癌を含む生気を託す。
ダニーはそれを“箱”に封印し本拠地のキャンプ場にいるローズの仲間に吸わせ一掃する。


・幽霊がローズを仕留める
→小説ではローズの罠として、姿を消すことができる仲間の一人がダニーの背後に隠れて命を狙っていた。
ここで、盛況だねおじさんの霊によりその仲間は殺されるが、ローズはアブラとダニーのシャイニングにより建物二階の手摺に押し付けられ、落下して死亡する。


・父がバーテンダーとして登場する
小説ではローズを倒した際にダニーは二人の力で落とせたのかと疑問を持つ。
その後、階段の上に立つ父との邂逅を果たす。
(詳しくは小説ネタバレで)


・アブラが達観しすぎている
アブラは確かに大人っぽいが、冷静に言葉でローズを追い詰める強かさを見せた後、対決に怯えて泣いたりする。
ぬいぐるみを抱き締めたり、年相応にはしゃいだりもする。
力を使うとお腹が空いてコーラを飲んだり、ストレスで顔にニキビを作るような普通の女の子の面もきちんと描かれており、何より癇癪持ちである。
(詳しくは小説ネタバレで)


・ダンが死ぬ
小説ではそもそもビリーもデイビッドも死なない。
それにもっとたくさんの仲間と、その絆が描かれている。
ダンは生きて乗り越えなければいけない壁が映画にも描かれていた。
(詳しくは小説ネタバレで)


・アブラとダンが血縁でない
アブラは本当にダンの姪。
父ジャックが教員の時にアブラの祖母と短期間交際して産まれたのがアブラの母。
交際後、ジャックは生徒に怪我をさせて職を失う。
ダニーもアブラも、父のアルコール依存や癇癪持ちを遺伝的に引き継いでいた。
ダンの癇癪を向けられたアブラが血の繋がりを確信するシーンもある。
ドクタースリープはトゥルーノットとダンの、一族同士の戦いだったのだ。
そしてダンとアブラが一族の持つ人間的な弱さとの戦いにも勝利していく話だ。




キングが映画でしたかったことの考察

キューブリックが描かなかった父のホテルの爆破を、本作ではダニーが担い、キングが前作映画で叶わなかった結末が本作で描かれている。
しかし、最も重要な小説の改編はそこではない。

父との邂逅、ローズの迎える結末、そこにはキューブリックに対するキングのヘイトが感じられる。

バーテンダーである父親が酒を進めてもダニーは決して口にしないし、
ローズは人間であるダン達でなく幽霊に殺させた。


『幽霊などいないし、人間でありながら狂う方が恐ろしい。』
というような主張していたキューブリックに対して、

『幽霊は恐ろしいし、主人公は苦難に打ち勝つ。』
『これがお前がシャイニングでしなかった演出だ!』

といった具合のキューブリックヘイト。
キューブリックの演出をオマージュしながらもキングはしっかりと主張していた。



小説版が最高!筆者の感想

私はキング、及び脚本家が行ったクライマックスの改編が、『ドクタースリープ』の価値を落としてしまったように思える。

キング小説の良さは、オカルト的なテーマだけでなく、登場人物の人間性が奥深く描かれていることだと私は考える。
ヒューマンドラマとしても楽しめるホラー、それが私は好きなのだ。

映画化にあたりストーリーを短くしなければならなくても、『ペットセマタリー』89年版ではしっかりと台詞や視覚的な効果で人間性が描かれていた。

しかし『ドクタースリープ』ではどうだったか?
アブラはXメンみたいに勇敢なキャラクターで、ダニーの人間性も表面的なものしか描かれていない。
デフォルメが効きすぎて、底の浅い演出の映画になってしまったように思う。




また、映画のドクタースリープは一族同士の戦い一族の持つ人間的な弱さとの戦いという“物語の核”となる部分もないがしろだ。

ローズが幽霊に殺された事により、小説の情緒的な、ストーリーの核となる部分が表現されなかったようにも思う。
アブラやダニーのラストの会話もそうだ。
これは後程小説が如何によかったかネタバレされて頂く。

“ガソリンの入ってないキャデラック”だと私は感じた。
何がこの映画の核なのか、テーマは、メッセージはなんだったのか、そこがしっかりと描かれてない。

キング、もっと自分の小説の良さを映画にだしてくれ!!!
そして演出&脚本家の人、キューブリックオマージュに力をいれるなら、キング小説の演出も、もっと力をいれてくれ!!!


しかし、ガソリンが入ってあろうとなかろうと、キャデラックはキャデラックだ、存在そのものに価値がある。
とも感じている。



小説版の結末

では、本来小説で描かれたクライマックスはどうだったのか。
引用部分に関しては斜体で書き記す。
他は小説の内容を要約してある。

ローズを倒した後、父との邂逅

ふっと足をとめてふりかえり、〈ルーフ・オブ・ザ・ワールド〉に目をむけた。
手すりかわ壊れた箇所のすぐ近くにたたずむ男の人影を目にしても、ダンに驚きはなかった。
男は片手を持ちあげると - 手を透かしてポーニー山が見えた - ダンの子供時代の記憶そのままのしぐさで投げキッスを送ってきた。
そう、よく覚えていた。
それは父子が一日の終わりにおこなう特別な習慣だった。

《さあ、寝る時間だぞ、ドック。
ぐっすり眠るといい。ドラゴンのお話しを夢で見たら、明日の朝、きかせておくれ》

ダンは自分が泣きそうだとわかったが、今は泣くわけにはいかない。
今はそのときではなかった。
ダンは手を口もとにもちあげて、投げキッスを返した。

その後、父の名残を見つめてから、ダンは駐車場に降りる。
振り返ったときそこには誰もいなかった。


アルコール依存症患者達のセラピーにて

アルコール依存症者がじっとダンを見つめるなか、ゆっくりと過去の過ちを告白する。
『神に対し、自分に対し、そしてもう一人のの人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた』という人生のステップを越えるため。

一夜を共にした女の家で目を覚ましたとき、彼女に子供がいることを知りながら、彼女の財布の金を盗んでしまったことを話した。

しかし、ダンの恐怖は杞憂だった。
そこにいた人たちは誰もダンを責めなかったし、驚きもしないし、目の前のピザの方が関心を引いていた。良くある話だったのだ。
ダンは自らの過去を告白することで、自らの本質を認めた。


アブラと癇癪について話す

アブラの15歳の誕生日パーティーでダンと話す。その時のアブラは内面を閉ざしていた。
父と母から“お皿の件”で説教されると思っていたからだ。

“お皿の件”それはアブラが友人のパーティーで、出された酒を好奇心から一口飲んでしまったことが発端だ。
帰宅後、そのわずかな酒気を感じた母に問い詰められ、ムッとなったアブラは癇癪を起こし、母が大事にしていたお皿のコレクションをシャイニングで割ってしまったのだ。

「そんなつもりじゃなかった、って謝ったけど信じてもらえなかった。どんなことも信じてくれない!ただうっかりしていただけ、めちゃくちゃ“怒っていた”だけで」

「君は生まれつき怒りっぽいからね」
ダンはローズをが死にかけていた時《痛ければいいのに。めちゃくちゃ痛ければいいのに》と言っていたことを思い出していた。

そして説教はせず、父ジャックのそのまた父のマークに纏わる話をする。
怒って妻をステッキで殴り重症を負わせたこと。
それを階段から落ちたと医者に嘘をついたこと。
家族がマークに対する恐怖から口裏を合わせたこと。

そして、ジャックもまた、ダンの腕の骨を折り、オーバールックホテルで母を殴り殺そうとしたこと。
ダン自信もバーでむかつく男を殴ったこと。

アブラはそれを聞き傷ついた。
ローズを殺したときに喜びを感じていて、
その事を悔やんでいたからだ。

その事についてダンは「血が血を呼んでいるだけだ。」と話す。

「わたし、どうすればいいの?たまにものすごい怒りを感じる…」
ダンはゴミ捨て場でその怒りを発散すればいいとアドバイスする。

その後職場から呼び出しを受けたダンは、去り際にアブラを抱き締め、アブラも同じように抱き返した。
「がんばる、まじでがんばるから」
「きみならできるよ。いいかい、アブラ…きみを心から愛しているんだ」
「とっても嬉しい」


ダンの仕事
アブラの誕生日パーティーを抜け出し、職場に到着したダン。
そこでは同僚が事故に遭い瀕死だった。
あまり好きでない同僚だったが、ダンはドクタースリープとしての職を全うする。

「怖いことなどない、君は眠るだけでいい。ぼくはここにいる。ここにいるよ ー君が眠りにつくまで」


ストーリーはここで終わる




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余談だがこの記事の画像が横になっているのは、
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こうやって、パパと息子の邂逅を果たしたかったなんていう私の自己満足です。
今回も長文にお付き合い下さいましてありがとうございました!



次回は軽い記事を、『キングスマン』と『キングスマンゴールデンサークル』を比較し、映画全般を通して言われる“続編になるとクオリティが落ちる説”の理由を解明し、それぞれを最高に楽しむための映画の見方をお話しする。