【オススメ】人気のホラーコメディー映画5選【約束されしハッピーエンド】
最近人気のニュージャンル、“ホラーコメディ映画”の代表作をカテゴリー別に5選、ネタバレなしでご紹介します!
また、それぞれのカテゴリーに付随するおすすめ映画も幾つかご紹介します。
グロ、エロ、コメディ、と評価軸を分けてますので、自分の好みに近いコメディホラーを見つけてください!
また、視聴できるコンテンツに関してですが、太字が無料、それ以外は有料レンタルとなってます。(2021年5月現在)
- 1. 『アダムスファミリー』 王道コメディ
- 2. 『最終絶叫計画 』パロディホラー
- 3. 『ショーンオブザデッド』おもしろ系ゾンビ
- 4. 『タッカーとデイル 史上最強にツイてないヤツら』すれ違いコント
- 5. 『キャビン』 メタホラー
1. 『アダムスファミリー』 王道コメディ
チャールズ・アダムスの人気漫画「アダムスのお化け一家」を原作とした映画化。不気味な屋敷に住むアダムスファミリーのもとに、当主ゴメスの生き別れの兄が現れる。しかし彼は、一家の財産を狙う顧問弁護士が用意した偽物だった。
(フィルマークスより引用)
- グロ ☆☆☆☆☆
- エロ ☆☆☆☆☆
- コメディ ★★★★★
- 視聴方法 U-NEXT、/TSUTAYAプレミアム
- こんな人にオススメ→ 怖いのが苦手
- こんな人にはイマイチ→ ホラーはエログロ
キングオブブラックジョーク。
知らない人はいないくらい有名な作品ですよね!
暗く陰気であることを良しとする風変わりな家族が織り成すブラックジョークの数々…、冒頭一分で笑えます!
筆者にとってはディズニーより見た映画です。
2. 『最終絶叫計画 』パロディホラー
ハロウィンの夜、ハイスクールの美少女ドリューが殺された。犯人はハロウィン・マスクを被った殺人鬼なのだが、「スクリーム」を観ていない登場人物たちは気付かない。やがてマスコミが学園に殺到し、シンディたちの周辺で怪しい出来事が次々に起き始める。そしてついに、美人コンテストで惨劇は起きた。舞台に出ていたバフィの目の前で、恋人のグレッグが殺人鬼に殺されたのだ。だが、それを見て泣き叫んだバフィは“迫真の演技”だと審査員を感動させ、コンテストに優勝。その後、シンディが自宅で殺人鬼に襲われるが、何とか逃げ切り、タイミングよく現れたボビーが容疑者として警察に逮捕される。だが、その頃、殺人鬼はヤク中のショーティたちと意気投合し、やたら盛り上がっていた。そしてクライマックスには、シンディと殺人鬼の“マトリックス・ファイト”が繰り広げられるのだった。
(映画.comより引用)
- グロ ☆☆☆☆☆
- エロ ★★★★☆
- コメディ ★★★★★
- 視聴方法 U-NEXT/dTV、TSUTAYAプレミアム
- こんな人にオススメ→ 何でも許せる方
- こんな人にはイマイチ→ おふざけ嫌い
ホラーの傑作スクリームのパロディ映画です。
兎に角、スクリームの通りにストーリーが進むので、スクリームの記憶が新しい内の視聴が好ましいです。
ホラーらしさは皆無で、めちゃくちゃお下品。
家族と見るのはあまりおすすめしません。笑
ネタ数多すぎて、全てにツッコめた人は表彰もん。
様々なホラー映画をパロってシリーズ全6作あるので、長く楽しめるのも利点!
また、最終シリーズが好きな方はこちらもオススメ↓
『SHRIEK 最低絶叫計画!?』
- グロ ☆☆☆☆☆
- エロ ★★☆☆☆
- コメディ ★★★★★
- 視聴方法 TSUTAYAプレミアム
最終〜のパロディ、もはやあらすじなど存在しない。
最終~に比べるとシュール系の笑いで、ややお上品ですが下品であることには変わらない。
スクリーム以外の映画のネタも豊富で、映画好き向けの作品です!
(動画検索すると笑顔動画でヒットします、違法アップロード、だめ絶対)
3. 『ショーンオブザデッド』おもしろ系ゾンビ
ロンドンの家電量販店に勤める冴えないショーンは、その無気力で煮え切らない態度ゆえにガールフレンドのリズから振られてしまう。意気消沈したショーンだが、翌日起きてみると街中にゾンビがあふれていることに気づき、母親とリズを助け出すため居候のエドと共に奮闘する。
(Wikipediaより引用)
- グロ ★★☆☆☆
- エロ ☆☆☆☆☆
- コメディ ★★★★★
- 視聴方法 U-NEXT、Netflix/Amazonプライム、TSUTAYAプレミアム
- こんな人にオススメ→ ゾンビ初心者
- こんな人にはイマイチ→ ゾンビはグロくて然るべき
おもしろゾンビ映画の筆頭格!
エンタメ要素に並々ならぬ気概を見せる本作は、決してゾンビ映画の系譜を茶化すことなく踏襲した正統派ゾンビ映画です!
スピード感のある展開、混乱の中にある人間ドラマ、気の効いたイギリスの黒い笑い、非常にユーモアのある日常の崩壊を見せてくれます。
気軽に楽しめるゾンビ映画ですが、しっかりと臓物ぶちまけるシーンもありますので、苦手な方は注意!
また、ゾンビ好きにはこちらもオススメ↓
『ロンドンゾンビ紀行』
イギリスで大ヒットした「ショーン・オブ・ザ・デッド」にオマージュをささげながら作られた、ロンドンの下町が舞台のゾンビコメディ。不況のため祖父が入居する老人ホームが閉鎖されることになったテリーとアンディは、事態を打開するため銀行強盗を企てる。しかし、強盗を決行し、なんとか金を手に入れたその時、なぜか町中にゾンビがあふれだす。老人ホームにもゾンビの群れが迫り、兄弟は祖父を助けるためゾンビ退治に繰り出すが……。
(映画.comより引用)
- グロ ★★★☆☆
- エロ ☆☆☆☆☆
- コメディ ★★☆☆☆
- 視聴方法 Amazonプライム、U-NEXT/TSUTAYAプレミアム、楽天TV
- こんな人にオススメ→ 暇
- こんな人にはイマイチ→ この映画に期待してる人
可愛くて強いお爺ちゃんお婆ちゃんが大奮闘する本作はどこか癒し系のゾンビ映画です。
こちらもイギリス映画で、お上品なブラックジョークが堪能です。
また、重火器がアホほど出てくるのでアクション色は意外と強め。
映画全体のテンポもさほどよくない為、『おじいちゃんがんばれ~!』くらいの軽い気持ちで見るのがおすすめです。
個人的な好みもそうですが、ネットの評判からも、ややショーンオブザデッドに劣る映画ではあると思うので、見る順番は考えた方がいいかも…!
4. 『タッカーとデイル 史上最強にツイてないヤツら』すれ違いコント
凶悪な殺人鬼と勘違いされてしまった2人の男が巻き込まれる事件を描いたスプラッターコメディ。気のいいタッカーとデイルは念願だった別荘を手に入れ、休暇を過ごしにやってくるが、近くでキャンプをしていた大学生グループから人里離れた山小屋に住む殺人鬼と勘違いされてしまう。さらに、2人が川で溺れかけていた女子大生を助けたことが誤解を生み、血まみれの死人が続出する事態へと陥っていく。
(映画.comより引用)
- グロ ★★★★☆
- エロ ★☆☆☆☆
- コメディ ★★★☆☆
- 視聴方法 Amazonプライム、U-NEXT、TSUTAYAプレミアム
- こんな人にオススメ→ ホラーは血が出てなんぼ
- こんな人にはイマイチ→ 暴力反対派
人が血を撒き散らしながらバンバン死ぬ映画を見たいんだ!という方にめちゃくちゃオススメ!
バラエティーに富んだ死に様は圧巻です!
主人公達はホントにいいヤツらなんですが、一部胸くそ悪い展開もありますので要注意です。
5. 『キャビン』 メタホラー
小さな山小屋の入り口は、世界の破滅につながっていたー 夏休みに山奥へとバカンスに出かけた大学生5人。古ぼけた山小屋の地下で見つけた謎の日記を読んだとき、何者かが目覚め、一人、また一人と殺されていく。しかしその裏には、彼らが「定番のシナリオ通り」死んでいくよう、全てをコントロールしている謎の組織があった。その組織の目的は?若者たちの運命は?その先には、世界を揺るがす秘密が隠されていた。
(フィルマークスより引用)
- グロ ★★☆☆☆
- エロ ★★★☆☆
- コメディ ★★★☆☆
- 視聴方法 Amazonプライム、U-NEXT、dTV、Hulu、Netflix
- こんな人にオススメ→ ホラー映画全部見た
- こんな人にはイマイチ→ 処女強いのなんでなん?
アメリカホラー映画でお馴染みの男女グループが織り成すモンスターパニック映画。
13日の金曜や悪魔のいけにえ等、ある程度予習のいる作品です。
バカンスあるあるを踏襲しながら、メタ的視点で楽しめる、サービス満点のホラーマニア向けの映画です。
また、メタホラー好きにはこちらもオススメ↓
『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』
ホラー映画の中に入り込んでしまった少女が遭遇する出来事を描く、異色のホラーコメディ。ホラー映画の女優だった母アマンダを事故で亡くしたマックス。3年後に母が出演していた映画を鑑賞していたところ、映画館で火災が発生し周囲はパニックに陥る。ふとマックスが気づくと、なんと物語の中に入り込んでいた。母に会うことができて喜ぶマックスだったが、殺人鬼ビリーも現われ、映画の脚本通りにストーリーが進んでしまう。果たして結末はシナリオ通りなのか…!?
(allcinemaONLINEより引用)
- グロ ★☆☆☆☆
- エロ ★☆☆☆☆
- コメディ ★★★★☆
- 視聴方法 U-NEXT/Amazonプライム、楽天TV、dTV、TSUTAYAプレミアム
ホラー映画らしからぬ映像美と繊細な人間ドラマを兼ね揃えるも、これでもかというほどにホラー映画をメタ的にいじり尽くした傑作。そして昨今珍しいエンディングにNGシーンのある映画…!
やはりある程度の予習が必須だが、メタホラーというより、映画そのものをメタっているためホラー初心者にも優しい設計。
スラッシャー映画を元にしているのに、グロ描写を見せないし、エロもマイルド、刺激に弱い人向けの心遣いがあります。
とんでもなくアホなのに意外と泣ける、心のデトックスにもオススメです!
私はとても楽しめました!
『ミステリーツアー』
怪奇伝説の残る南の島を舞台にしたホラー・コメディ。ある日、若者たち一行はバカンスを楽しもうと、とあるリゾート・アイランドに降り立った。そこは海と太陽が降り注ぐ南の楽園で、美女と酒に溢れた夢のリゾート地。そして彼らがこのパラダイスを満喫する中、キャンプファイヤーを囲み島に伝わる怪奇伝説が語られる。するとその後、島で働く人間が一人ひとり消えていくのだった。さらに、何者かがボートを破壊してしまい、島は一転、監禁状態の孤島となる。こうして、島の人々は決死のサバイバルに奔走し始めるのだが…。(allcinema ONLINEより引用)
陽気なアメリカン達が孤島でバカンスする映画!
軽率に人が死ぬ。(なんでパリピすぐ死ぬん…?)
ホラー映画を徹底的に茶化し、見た後すぐ内容を忘れるくらいには内容のない映画となっております。
ホラーマニアからすると鼻につく部分もありますし、コメディーホラーの傑作!とはお世辞にも言えませんが、プレッツェルとスイカのエッチが見れる“大人向け“として紹介しておきます。
本作で初めて大人のおもちゃを見てドキドキしてしまった若造が私です。
(笑顔動画で見ました、違法アップロード、だめ絶対…)
以上で紹介を終えます。
是非有意義なホラー映画ライフを!
ホラーじゃないけどおすすめコメディ↓
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
映画『ヴィレッジ』考察。伏線職人シャマランの手腕が光る傑作。
今回は『シックスセンス』で一世を風靡した、M・ナイト・シャマラン監督映画『ヴィレッジ』をご紹介します!
未視聴の方向けの魅力紹介と、視聴済みの方向けの考察解説など!
シャマラン監督の伏線&回収は最早職人技の域です、是非見ていただきたい!
作品情報
ヴィレッジ(2004) The Village
上映日:2004年09月11日
製作国:アメリカ
上映時間:108分
ジャンル:ミステリー、スリラー
監督 / M・ナイト・シャマラン
脚本 / M・ナイト・シャマラン
出演者 / ブライス・ダラス・ハワード
ホアキン・フェニックス
エイドリアン・ブロディ
ウィリアム・ハート
シガニー・ウィーバー
ブレンダン・グリーソン
チェリー・ジョーンズ
あらすじ
1897年、ペンシルヴェニア州のとある深い森の中に存在する小さな村は周囲から孤立していた。村では皆が家族のような暮らしをしていたが、その暮らしを守るために作られた奇妙な掟を、村人たちは守らねばならなかった。しかし、ある日のこと盲目の少女が、恋人の命を救うためにその掟を破ろうとしていた。
シネマトゥデイより引用
こんな方にオススメ!魅力をご紹介!
- 謎解き映画好きの方
ほどよいミステリー、ミスリードや伏線の見せ方が兎に角秀逸。
しかし、どんでん返し映画ではないのでご注意を。
- ホラー演出が苦手な方
怖い場面は少なく、演出もマイルドです。
グロテスクな描写もなく上品なホラー。
びっくりグロホラーを求める方は別映画を…!
- ロマンチックな映画好きの方
ラブロマンスの演出が美しくてロマンチック、おせっせシーンがないため家族とも見れる。
若干少女マンガ的なので苦手な方は苦手かも、しかしメインはミステリーなのでご安心を。
- 素朴で美しい映像に胸打たれたい方
自給自足をする素朴な村人の情景は単純に美しいです。
差し色の使い方もセンスがあって○。
- M・ナイト・シャラマン監督好きな方
同監督で有名な『シックスセンス』ほどの驚きはないです。
しかし本作はミステリーが若干弱い分、ファンタジーやラブロマンス要素が強めになっており、バランスのいい映画に仕上がってます。
監督の独特なカメラワークや色使い、映画の根底にある皮肉に魅力を感じる方には大いにオススメをします。
シンプルな演出の中に滲むセンスの良さには脱帽です!
謎の解説
まず最初のシーンで視聴者は騙されるのですが、葬儀のシーンで映る墓石にはしっかりと「ダニエル・ニコルソン 1890-1897」と刻まれています。
クライマックスの守衛室では職員の読む新聞に「2004年7月」と印字されているため、100年以上の歳月を偽って村では自給自足の生活をしているのです。
では何故そんなことをしているのか?
この村でくらす大人、所謂年長者達は皆過去に悲しい経験をしていました。
お金や争いが原因で親族を街で殺されていたのです。
主人公の祖父は金儲けに長けていて、莫大な資産を築いていましたがそれをよく思わない人間に殺されています。
それらの事件を嘆いた家族が集まり、主人公の父親が主人公の祖父の資産を使い、森の中に村を作って暮らすことにしたのです。
外界から完全にシャットアウトするため、外壁を築き、航空写真を禁じ、誰の侵入も許さぬよう警備隊を雇い警備させていました。
すべては、紙幣も犯罪もない無垢な理想郷を作ることでした。
それでは映画の中で描かれた細かい謎を考察していきましょう。
秘密の箱
かつて街で暮らしていた時の記憶(写真や事件の記載された新聞など)を封じたのがアイヴィーやルシアスの家にあった箱です。
怪物
子供達から外界を遠ざけるために恐ろしい怪物を作り出し、森から遠ざけようとした。
各年長者が衣装を隠していて、主人公の父親は使われてない小屋に、ノアの両親は家の床下収納に隠していた。
(これはノアではなく、年長者の誰か)
家畜
最初に殺されていた家畜はアイヴィーの父親が殺したもの。
発見された後、子供達に怪物はどんなものかを問いかけていたので、教育のために殺したものだと考えられる。
ルシアスが夜家に訪ねて来たとき、「眠ってしまってすまない、最近夜眠れてないんだ」というようなことを言っていることからも、子供達が眠った後、家畜を用意していたのだろう。
しかしアイヴィーの婚約パーティーの日は、ノアがアイヴィーの父親がしてきたことを真似をして家畜を殺した。
父親が娘の晴れ舞台で事件を起こすことは考え難く、家畜が死んでいたと子供達から知らされた父親は「そんなはずはない」と口走っていた。
ノアは、片想いだったアイヴィーとルシアスの婚約パーティーをめちゃくちゃにしようと考えたのだろう。
ノアの死
アイヴィーは森の中で出会った怪物がノアであることを知らずに殺したことから、年長者達は村の生活を続けるため「ノアは怪物に殺された」と嘘をつき続けることを決めた。
演出の妙を再発見する、感想!
良い、とても良い。
最初の10分で、視聴者を完璧にミスリードさせるシャラマン監督すごい…!
結末には「してやられたァー!」と笑うしかなかった、何とも鮮やかな手腕、見事。
そしてまた、カメラワークが良い!
皮を剥がれた家畜を写さず、それを見る村人とハエの羽音で視聴者をゾワゾワさせてくる、たまらん…!
ノアがルシアスを刺すシーンも緊張感がありますよね、
(この静かなカメラワークが逆に衝撃的…!)
また、定点で映像を写すのもセンスが光ってた。
ルシウスが刺された後、家の奥から外に繋がる扉を写し、盲目の主人公が家に入ってきて奥に転がる婚約者の体に蹴躓くまで、じっくり写していて、
ただ定点で写しているだけなのにとんでもなくゾワゾワさせるやん…と。
まことにけしからんカメラワーク…!
(これ、すごくないですか…!?)
全体を通して奥行きを感じる映像、視聴者を巧みにミスリードする演出、クライマックスのどんでん返し、全てが一級の芸術品でした…!
また、個人的にはどんでん返し映画としてこの映画を見てほしくなくて、魅力の項目で「どんでん返し映画ではない」と記載しました。
どんなどんでん返しがくるか、ということに頭を使いながら見てしまうと、シャマラン監督独自の演出など、映画の肉感が感じられなくなるからです。
「先が読めてしまった」なんて感想で終わらせてほしくないんですよね、もったいないから!
というわけで、今回はここまでです!
シャマラン監督は個人的に好きな監督なので、皆さん見てくださると嬉しいです~!
映画『箪笥』徹底解説。全ての謎の解明と母親の自殺に関する考察。《後編》
映画『箪笥』の《後編》、解説や考察がメインです。
未視聴の方は映画紹介ページの《前編》へどうぞ。
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
映画全ての疑問点が解消されることを目的とした記事となっておりますので、かなり長いです。
また、映画の中で視聴者が抱くであろう謎の真相は大抵映画の中に答えがあるのですが、幾つか答えが映画内で明記されていない謎もあり、それらを筆者なりに解釈した深読み考察も記しております。こちらは生ぬるい目線で読んで頂けると幸いです。
小説版で語られた真実も合わせて解説していきます。
映画、小説、共にガッツリとネタバレしていきますのでご注意ください。
物語の真相
※画像がグロめのヤツあります…!
<b>あの日の真相</b>
-ウンジュが主催した食事会でスミとスヨンは出席を拒否します。
その後、スヨンは二階の母の部屋で母親に泣きつく内に眠ってしまう。
その間に母親はタンスで首をつって自殺。
目覚めたスヨンは首をつった母親を見つけ、何とか助け出そうと試みるも、倒れてきた箪笥と母親の死体に圧迫されもがきます。
その音を聴きつけたウンジュが現場を目撃しますが、見なかったことにしようと一度その場を離れる。
しかし自分の行動が怪しまれると不味い、と戻ってきたところを自室から出てきたスミと遭遇。
スミは大きな音の出所の確認よりウンジュから離れることを優先したため、その時まだ生きていたスヨンを助けることができなかった。
この時自らの怒りを自制し、ウンジュに対して喧嘩腰で話しかけることをしなければスヨンを助けることができていた。
また、ウンジュもスミと同様カッとなりやすい気質なため「この瞬間のことを一生後悔するわよ」とあたかもスミがスヨンを見殺しにした、という様なことを言い放ってしまう。
この時スミは“ウンジュと口論したことに対する後悔”だと受け取ったが“母親の部屋を見に行かなかったことに対する後悔”ともとれる台詞であったため、物語終盤で現実を受け入れた時、ウンジュはスヨンが死にかけていることを知っていて、自分をスヨンから遠ざけたのではと思うようになる。
その後、 ウンジュは病院でスミに手を締め上げられ、自分がスヨンを見殺しにしたという事実に気づかれたのではないかと危機感を覚える。
家に帰ってきたウンジュは一人頭を抱えて思い悩んでいたが、不穏な気配を感じとり、スヨンの部屋で母親の幽霊から報復を受けてしまう。
登場人物ごとの解説
スミ
- 二重人格、ウンジュを演じてる。本人は気付いていないが、病気の治療のために父親と家に帰ってきた。
- 家では、“あの日”の出来事を自分の中で捏造するため、《体調を崩していたスヨンをウンジュが虐める》といったストーリーをスミとウンジュ、二つの人格によって進行していく。
- このように精神をきたしてしまったスミに、父親は精神病院と帰省を今まで何度も往復して事実に気付くよう差し向けるがどれも失敗に終わっていた。
- しかし今回の帰省では、幽霊に遭遇したり、母親の遺品を入手したりと、今までにない展開を迎えながら、自らを守るための妄想が激化していく。
- “あの日”に起きた自らの過ちを認めることができるか、幽霊に翻弄されながら、妄想に妄想を重ね、目を背け続けてきた真実に近づいていく…これが映画の本筋となっている。
ウンジュ(二重人格であるスミが演じている)
- スヨンを虐める継母という設定でスミが演じているウンジュ。父親には当然スミ本人の姿として見えているし、本物のウンジュはラストシーンでスミの前に登場する。
- 基本的に二人の人格の切り替えはスミがコントロールしているが、次第にスミはウンジュの人格に主導権を握られていき、真実を思い出した後は、それを認めることを拒み、ウンジュの人格に主導権を明け渡してしまう。
が、結局本物のウンジュが登場したことにより、ウンジュの人格は消え、スミは現実を受け入れざるを得なくなり、精神病院に逆戻りする。
スヨン(スミだけに見える幽霊)
- 一見スミの三つ目の人格のように思えるが、実は幽霊である。繰り返されるスミの帰省の中、あたかもスヨンが実在ようにスミが演じるため、幽霊のスヨンが自分がまだ生きていると勘違いしている。(小説版で明かされた真実)
- おそらく初期の段階で行われた帰省ではウンジュと同じようにスヨンのこともスミが演じていた。
- スミに見える→スミが演じるウンジュにも見えている。しかし、父親には見えていない。
- 中盤で「母から聞いた」と母を呼び出す謎の呪文を唱えるが、それが何だったのかは謎のままである…
- 終盤で父親の口からスヨンが既に死んでいるとスミを諭すシーンに立ち会い、自身を幽霊だと認めたのか、それ以降は姿を現さなくなる。
スヨン(生きてる)
- “あの日”自室の箪笥で首吊りをした母親を助けようとして倒れた箪笥に潰され死んだ
- その日つけていた髪飾りがウンジュにぶたれてシンクの下に落ちてしまった、というシーンがあったが監督によりカットされてしまった。その髪飾りが中盤にキッチンで登場する。
ウンジュ(実在する方)
- 事故があった数年前から、具合の悪い母親の看病をするため家に住み着いていた父親の同僚の看護士
- “あの日”スミの態度に腹を立てスヨンを見殺しにした
- スミの帰省の間は家から出ている
中盤で登場する母の遺品の写真から、父親が若い頃に付き合っていた相手だと仄めかされる
- 終盤で母親の幽霊に復讐された
父親
- スミが正気を取り戻すまで、自宅への帰省を繰り返している
- 母親の病気の進行と共に、母親への気持ちが離れていっていた。ウンジュと不倫関係にあったかどうかは微妙なところ。
母親(実物)
- 箪笥で首吊りをして死んだ
- その箪笥から薬品が出てくることから何らかの病気だったと思われる
- 事故の日は何らかの理由で食事会に参加しなかった
- 遺品の写真から、母親は自分の看護をしている女が父親の過去の女だと気付いていたことになる。
母親(幽霊)
- 序盤で箪笥から出て来てスヨンを驚かせた
- スミの前に現れた時には股から手が出てきた。
- 終盤でウンジュに復讐を果たす。
(その際スヨンの部屋の人形や、透明な粘液の様なものが不自然にカットインされる。ここからは完全に筆者の深読みだが、母親は以前、看護師だった頃のウンジュの手により流産させられたのでは?
また、そのウンジュが夫と昔付き合っていたことを父親が保管していた写真から知ることになった。時系列はわからないがそんな感じの因果があって、自殺。スヨンの呪文によって呼び起こされ、ウンジュに復讐をしたとか?その辺の答えが分かるかた是非教えてください。)
ソンギュ夫婦
- 左側、ウンジュの弟のソンギュ、食事会ではスミ(ウンジュ)の妄想話を真っ向から否定した
- 右側、ソンギュの妻ミヒ、スミの奇行に動転し持病の発作で倒れたところ、スヨンの幽霊を目撃してしまう。不運。
- 小説版曰くウンジュは魚の生ゴミを冷蔵庫で放置したりしていたとか、その行為にスミは『ママなら絶対にそんなことしない!キッチンはママの聖域なのに、勝手に使うなんて許せない!』と不満を抱いていたらしい
小鳥
- ウンジュの小鳥。一羽はスミに殺され鳥籠に入れられていたところを、父親に発見され埋葬される。もう一羽はスヨンの部屋のベッドでウンジュの膝に潰される。スミが小鳥達を殺した理由は、『スヨンが小鳥を隠したためにウンジュが激昂しスミを箪笥に閉じ込めて殺した』という妄想をするため、不運。
ストーリーの解説
上記の真相や登場人物の設定を踏まえ、冒頭からシーンごとに解説します。
『』はスミ、「」はそれ以外の人物の台詞で表記
オープニング、病院でのカウンセリング
医師「今日はどうだった?楽しかったかい?
さあ、これから少し話をしよう、まずは自己紹介からだ、自分は誰だと思う?」
- カウンセリングを受けているのはスミなのだが、話さないし顔も見えないため、視聴者はこの時点で少女がスヨンなのかスミなのか分からない
- 「今日“は”どうだった?」という台詞から、毎日何かを繰り返しているという伏線
- また、少女に自己紹介が必要なことから、自己認識がおかしくなる精神病であり、二重人格であることが仄めかされている
医師「それじゃああの日のことについて、話してくれるかな?一体何があったのかな?はっきりと覚えているはずだけどね。
大丈夫、あの日に何が起きたのか話してごらん」
- 実際には事故があった“あの日”の事を話しているが、視聴者に対して、こらから流れる映像が“あの日”であるかの様にミスリードしている
家での治療
父親が運転する車で家に帰ってきたスミ。
「出てこないのか?スミ」
車から出た父親が話しかける。
- この時点で父親はスヨンを気にかけていないので、彼女が実在していないことの伏線が張られる
車から出たスミは一瞬、ブランコと二階の窓を見やったが、すぐにスヨンを呼び門の外へ駆け出して行った
- スヨンと母親が死んだ部屋を見上げ、“あの日”スヨンと一緒に家を飛び出せたら良かったのに、とでも思ったのだろうか。“あの日”できなかったことをするために、スミはスヨンを連れて桟橋へ駆けてゆく。
- この後スミとスヨンが桟橋で水遊びしているが、エンドロールでは桟橋に一人座るスミが写し出される。一連の演出にスミが感じていた後悔が垣間見得える。
- 視聴者の精神を抉る素晴らしい演出でした。
ウンジュの登場シーン
家に入った二人はウンジュから声をかけられる。
「あーら貴方達〜、久しぶり、よく来てくれたわね〜、あら、スヨンったら随分綺麗になって。体調良さそうね、元気になったようで嬉しいわ」
- ウンジュ(スミのもう一つの人格)登場。スヨンに話しかけるため、先程とは一転スヨンが実在するように見せるミスリード。
- さらにウンジュがスヨンの体調について話すので、冒頭でカウンセリングを受けてたのはスヨンだったのでは?と初見の視聴者を二重にミスリードしてる。
重複する私物
自室へ入ったスミがカバンの荷物を整理していると、机の中に自分が鞄から出したノートと同じノートが入っている。
驚いた表情の後、何かに気づいたように箪笥を開けると、そこには同じ服が何着も入っている。
- 今日はどうだった?という伏線の答え。正気に戻るまで何度も家への帰省を繰り返していることがわかる。
- これを仕掛けているのはおそらく父親で、スミが帰省を繰り返していることに自分で気づけるように、毎回同じものを渡してる。
- しかしスミの妄想は毎回リセットされるため、スミ自身も驚いていて、この後食事のシーンでウンジュのせいにする。
夫婦の寝室
ウンジュが父親の下着を用意するが、すでに用意されていた。
- おそらく父親が自分で用意していた。
- この後ウンジュはこれをスミの仕業とし、スミは重複する私物をウンジュの仕業だと思い込み言及するが、ウンジュとスミは何故そのようなことが起こってるのか知るはずもなく結局解決には至らない。二人のスミは尚更混乱していく。
父親の電話
「ああ、さっき家に着いた、あまりいい状態だとは言えないな。だからお前は来なくていいよ。」
「ソンギュが夫婦で来る予定だ。大丈夫だよ、俺に任せておけ、じゃあな」
- ソンギュ夫婦(ウンジュの弟夫婦)のことを知っている誰かが話し相手、フランクな話し言葉からも、電話相手は本物のウンジュだと思われる。
四人の食卓
ウンジュ「ああそうだ、今度の週末、ソンギュ夫婦を招待しようと思ってるんだけど」
父「そうか、……ごちそうさん、俺は先に書斎に行ってる」
父親はずっと誰とも目を合わさないまま席を立つ。
その後三人の食事シーンが続く。
ウンジュ「パパの下着はあなたが出したの?でもそれは私の仕事よ」
『私の部屋のものに勝手に触らないで』
ウンジュ「私は何もしてないわ」
『じゃあ何故同じ服が何十着もあるの』
直後答えに戸惑ったウンジュの手元に父親が薬を置く。
- 実際には一人で会話をしているスミを心配した父親が薬を渡した。視聴者にはウンジュが精神を病んでいるようにも見えるミスリード
- 父親の下着は父親自身が出したもので、スミの同じ服も父親が用意したもの。全て父親の行為だがスミとウンジュは混乱している。
食事を終えたスミがスヨンに言った台詞
『あの女から何か言われたら、ちゃんと私に話して、わかった?』
父親がソファで寝る意味
ウンジュは夫婦の寝室で小鳥の世話をした後、口紅を落とし、ベッドを整え父親を待つ。
父親が部屋に入ってきて、最初は後ろから抱きながら眠るがそっと仰向けになり、ベッドを抜け出し書斎のソファで寝る。
- スミはウンジュを演じるために夫婦のベッドへ入ったと思われる。(筆者はスミの父親恋慕説に対して否定的)
- この段階で父親はスミが自発的に真実へたどり着くことを期待している為、ベッドでウンジュのように振る舞うスミにも仕方なく付き合っている。しかし娘と同じベッドでは眠れず移動した。
その後目を覚ましたウンジュは父親がいないことに気付き布団から出る。
- ウンジュはこの後スミとしてスミの自室で眠っていたところ、幽霊の出現に怯えたスヨンと自室で合流したと考えられる。
スヨンの部屋の箪笥の幽霊
スヨンは箪笥の中から手が出てくるのを見て怖くなり、布団を頭までかぶり直した。しかし足元から布団を幽霊に引っ張られているのか、再び布団から顔が出てしまう。怯えて呼吸が荒くなるスヨンだったが、突然大きな音がし、続いてバタバタバタという音が続く、外へ出たスヨンはスミの部屋へ行き布団に潜り込む。
- この時の音をスヨンは《自室へ侵入し布団を引っ張った何者かが、外へ出て扉を閉める音と階段を降りていく音》だと勘違いしているが、実際には母親の幽霊が布団を引っ張っており、音の正体は箪笥が倒れる音と圧迫されたスヨンが手を動かす音だったと考えられる。
その後スミの布団に潜り込んだスヨン。
スミは心配してスヨンに問いかけるが、彼女は頭をふるだけだ。
『夢を見たの?』
『箪笥が怖い?』
『じゃあ何よ』
「外から変な音が聞こえてくるの」
「誰かが部屋に入ってきたの」
冷蔵庫の謎の小包
スヨンの言葉を受け、ウンジュがスヨンの部屋に侵入したと思ったスミは部屋の外を確認しに行く。
書斎で眠る父親を見つけ、念入りに何度も布団をかけ直し、顔を撫でる。
- スミの看病でやつれた父親を労っている。父親はスミが“人間の温もり”を感じられる最後の家族である。(決して父親に恋愛感情を抱いているわけではないだろう)
その直後、ウンジュに声をかけられたスミは口論の末『水を飲みに来た』と言い冷蔵庫へ向かう。
そして水を飲んでいると冷蔵庫の中に異臭を放つ紙の包みがあることに気がつく。
包みを開けたスミは中身に驚いて落としてしまう。
- 小説版ではこれの正体が魚の残骸だとされている。
- 『母親は魚をさばいた後のゴミを冷蔵庫に放置して回りの物に匂いが移るような雑な管理はしない、母親の聖域であるキッチンに生ゴミを放置するウンジュは悪者。』といった内容だった。そう言われてみると左側に魚の頭、右側に尻尾の部分が見える。
- 父親が放置していたか、スミが帰省する前に家にいた本物のウンジュが放置していた生ゴミなのだろう。
部屋に戻ってきたスミにスヨンが訪ねる。
「誰か私の部屋に入った?」
『あの女』
「新しいママ?」
『だけど、なんだか変なの、あの女も変だし、この家も変』
- 何が変なのかと言うと、自分の私物が重複していることと、魚の生ゴミの存こと。スミは父親に原因があることを知らない。
- またスヨンが箪笥に怯えたいることも不思議に思っている。この理由付けとして《スヨンはウンジュを怒らせたがために報復として箪笥に閉じ込められた》という筋書きをし、この後ウンジュの小鳥を殺しスヨンのせいにする。
『怖い?大丈夫だよ、お姉ちゃんが付いてる。私が側にいてあげる』
- そしてこの台詞である。
- しかし、“あの日”の事を想うと悲しい台詞でもある。
この後書斎で目を覚ました父親がスミを気にかけ夫婦の寝室に行くと布団は空になっていて、流れるようなカメラワークでスミの自室へ切り替わる。
- ウンジュ(スミ)がスミの人格に戻っていることを示したカメラワーク
スミの悪夢
自室で眠るスミは『貴方だれなの?』
と譫言のように呟き、悪夢に魘される。
そこで森の映像が度々カットインされる。
白い服を着ているのは母親で、水色の服を着ているのはおそらくスヨン
(この映像では見分けつかないんですけどどっちでしょう?)
スヨンが母親の腕を掴むとその腕から血が滲み、自分の手についた血を見て驚く。
一連の映像の中に、倒れてきた箪笥の下敷きになったスヨンの手が一瞬カットインされている。
- この時の母親の服は病気が悪化していた時の服装であり、さらに背を向けて立っていることから、死に向かっている母親であると推測できる
- この悪夢は、死にゆく母親を助けようとしてその腕を掴んだスヨンの手は、箪笥に潰され血まみれになった、という“あの日”の出来事の暗示なのだろう
母親の幽霊の股から出る手
先程の悪夢から目を覚ました直後、部屋の中でギシギシとした音がなる。
足下に目を向けると女の幽霊がいる。
- 首が吊られているようなポーズから母の幽霊だと推測できる。
母親の幽霊はベッドに登りスミの上に跨がって立つ。
スカートから覗くふくらはぎに一筋の血が流れ、一瞬そのスカートの中から手が出てくる。
- この血は、この後の展開を示唆する生理の経血のように見えるが、股から手が出てくるとなると妊娠を仄めかしているようにも思える。
- 前述した母親流産設の根拠その一
- しかし、あまり考えたくはないが、単に映画の予告用に撮影されたシーンとも考えられる(本編と関係のないシーンが、視聴者の興味を煽る為だけに予告で流れる手法は結構ある)
生理
目が覚めたスミは、指に血がついていることに気づく、布団をまくるとそれがスヨンの経血であることがわかる
生理用品をウンジュの寝室に取りに来たスミにウンジュのが話しかける
「何してるの?生理になったの?」
『私じゃなくてスヨンが』
「スヨンが?おかしいわね、生理になる日が私とピッタリ同じだなんて」
その後自室へ向かう階段を登るスミに違和感が走る
トイレで、スミにも生理が来たことが暗に示されている。
- 三人同時に生理になる演出がどう行った意味合いを持つのか悩みましたが、スミが三重人格である、という視聴者へのミスリードなのだと思います…
- スヨンが幽霊であるということはクライマックスまで視聴者に気づかれたくなかった監督があえてスヨンがスミの人格の一つであるかのように演出したのかと…(私は小説版を読むまでスヨンが幽霊であることに気づかず、スミが三重人格なのだと思っていました)
父親との会話
スミがスヨンと並んで、ウンジュの小鳥達が煩いから『殺しちゃおうか』等と言っていると、父親に話しかけられる。
「スミ、外にいると寒いだろう、大丈夫か?」
『何が?』
「顔色が良くない、具合が悪いのか?」
『別に大丈夫、それより箪笥を片付けて』
「スミ、箪笥の話は二度としないって約束したろ、スミ、お前が怒る気持ちはよくわかる、本当に俺は悪い父親だ」
『それ以下だわ』
- 箪笥の話、一度目はおそらく以前の帰省で話していたのだろう。スヨンが怯えている時にスミは「箪笥が怖い?」と聞いていたため、以前もスヨンが箪笥の幽霊と遭遇する機会があったと推察できる。
- 悪い父親、とは母を自殺に追い込んだことか、もしくはスミがおかしくなってしまったことか、何のつもりで話しているのかが定かではないが、あらゆる視点から見ても良い父親でないことは確かだ。
- ちなみにこのシーンでも父親にスヨンは見えていない。
新たな妄想の筋書き
スミは竹藪を越えた先のビニールハウスに向かう。
残されたスミ(スヨン)が小鳥の異変に気づく、そして顔を左に向け驚いた顔をする。
- スミは今までの不可解な出来事を精算するために、ある筋書きを描いた。それが《スヨンがウンジュの小鳥を殺し、怒ったウンジュがスヨンを箪笥に閉じ込め折檻する》というストーリーだ。
- このシーンは、スミが殺した小鳥をスヨンが見つけたところ。(最後にスミが小鳥を殺すシーンがある)そしてスヨンの左側に現れたのはウンジュを演じるスミだろう。箪笥に閉じこめられた妹を自分が救い出すことで、“あの日”の過ちもなかったことにできる一石二鳥の筋書きである。
遺品の写真に隠された真実
スミを家に残し、森の奥のビニールハウスから母親の遺品を持って帰ってくるスミ。
森を舞台にした悪夢が原因で、今までの帰省で取らなかった行動をとっているのかもしれない
- 最初の誕生日の写真は家族四人だが、翌年の誕生日ではウンジュが増えてる。母親の看病をするためにこの年から雇われたのだろう。
- また、スミの体勢から、このとき既にウンジュへ嫌悪感を抱き、母親と妹を遠ざけようとしていたように見える
- 更に翌年の誕生日、父親は母親と距離を取り、ウンジュは僅かに微笑んでいる
- 母親はドレスも着ないで病院服のような服のまま、やつれた顔をしていることから、病気が悪化したと推測できる
- スミとスヨンは固く手を握りあっている
同僚の集合写真の後にわざわざ二人だけで写真をとるのは、親しい関係であることを意味する。父親の髪色が若々しいことから、二人は若い頃付き合っていたのかもしれない。
- 母親の看病の為と言いながら過去の恋人を家に上げていたことを知り、ここから父親に対する態度が冷たいものに変化する。
- 父親とウンジュ二人の写真の後にも何枚か写真が続くところをみるに、母親は自分の看病をしている女が夫の元カノであったことに気づいていたと推測できる。母親が自殺した理由はここにあるのかもしれない。
遺品の写真を見てるとスヨンが来て、スミは遺品の数々を見せる
『スヨンこれ見て』
「ママの?」
『うん、他にもあるわよ』
「あ!ママだ!タリタクム、タリタクム」
『何?それ?』
「ママを呼ぶ呪文」
『誰に聞いたの?』
「ママに聞いた、これ貰ってもいい?」
- この呪文はなんだったのか、小説読んでもわからなかったです。しかしこの呪文によって、母親の幽霊が頻出するようになったとも考えられます。
また、この時スヨンの腕に痣や傷があることに気づくスミ。
- スミが森へ行っている間にウンジュ(スミなのだが)がスヨンを折檻した、とスミ思っている。
スミによる糾弾
ウンジュ「何?」
スミ『よく平気だね』
「悪いことをしたら、罰を受けるのは当たり前じゃない?』
『パパも知ってるわけ?』
「パパに助けてもらいたいなら、呼んでもいいわよ?私が呼ぼうか?」
「座りなさい!ママの前でも…御行儀悪かったの?!」
『黙りなさいよ』
「お前たちの…母親はあたしよ!世界ひろしと言えども、お前たちが母親と呼べるのはあたしだけ!いい?!死んだママを恋しがってメソメソ泣いたって無駄なものは無駄。辛いでしょうね!でも、いくら辛かったってこれが現実なの!おあいにく様、世の中そんな甘くはないのよ!あたしだって我慢に我慢を重ねてお前たちと暮らしてるんだからね!!」
髭を剃っていた父親が怒鳴り声に気づく
「私はね!貴女たちのパパに○○れて、ここに来たんですからね!私だけを悪者にするのはやめて頂戴!」
『何を言うのよ!スヨンをあんな目に合わせて!○○私は許さないからね!』
()○○の部分は父親が蛇口を閉める音で聞き取れなかった…)
「何?なんで下に降りてきたの?」
急にウンジュのアップ、お互いヒートアップしていた筈なのに、突如冷静にいい放つ。
- この台詞は“あの日”スヨン(実物)が箪笥に押し潰されている時スミの台詞『何しに上に来たの?パパは下よ』と被る。
「またその話を蒸し返すの?
貴方まだ、病気が治ってなかったのね?」
衝撃を受けた様なスミの顔のアップ。
- 自分が演じてるウンジュと過去に対峙していたウンジュが混ざり会って混乱している。
キッチンの隅で疼くまり泣いているスミに父親が話しかけようとする。
『触らないでよ!離して!』
「どうしたっていうんだ」
『聞かなきゃわからない?汚い手で私に触らないで!』
「なあスミ、聞いてくれ」
『話なんかもう聞き飽きた!』
「何もかもお前の誤解なんだ、頼むから現実を受け入れてくれ」
『どうしていつもいつも、私だけに理解しろっていうの?パパほんとにわからない?』
「ああ本当にわからない」
「俺にもわからないことがある、だからそれが何か話して欲しい。ちゃんと説明して欲しいんだ」
『説明したら何かが変わるの?』
「なあスミ、頼む、頼むから目を覚ましてくれ
こんな毎日が続いたら…また具合が悪くなる。」
『え?』
- 先程のウンジュとの口論に加え、父親にも自分が病気であることを突きつけられた。今まではウンジュに体調はよくなったの?といった台詞スヨンに対してを言わせたり、食卓でもウンジュが薬を飲んでいたりと、自分自身が何かしらの病気であることを認めずにいた。
- そしてここで自分が病気であることを認める。
『わかった。じゃあこれから先に起こることと、パパが招いた忌々しいことは責任とって。』
- つまり、自分がおかしいことを認める代わりに、ウンジュが家に来てから家族がバラバラになり母親が自殺した事と、それによりスヨンが死んだこと、
自分がおかしくなったこと、そのすべての責任は父親が取れと言っている。
『話は終わり、電話がなってる』
電話は恐らくスギョン夫婦から
スギョン夫婦との食事
豪華な食卓と音楽を用意し、上機嫌で夫婦を迎え入れたウンジュ、弟と思い出話を語る。
しかしスミがウンジュを演じているので話している架空の思い出話であるためソンギュ夫婦は押し黙っている。
テンション高く話すウンジュ。
「覚えてる?そうだったわよね?ヤダ覚えてないの?答えてよ。もちろん覚えてるわよね、当然よね」
「いや、覚えてない」
「ええ?」
「そんな記憶、僕にはない」
「どうして覚えてないの?どうかしちゃったの?」
ご機嫌だったウンジュが真顔になる。
実際に変なのはスミである。
叔母が倒れて幽霊を目撃する
スミの奇行に恐怖を感じてか、
ソンギュの妻が唐突に発作を起こす。
おそらくあまりの状況に気迫され持病の発作が出た。(小説版の設定)
ソンギュが慌てて持参していたであろう薬を飲ませる。
地面に仰向けに倒れた妻は苦しみながらも、キッチンの下の隙間の何かに気づく。
もがき苦しむミヒを見ていたウンジュ(スミ)はスヨンの死に際の姿と重なったのか悲鳴を上げる。
帰りの車の中ではソンギュに
「貴方、私あの家で変なものを見た…流しの下に女の子がいたのよ」
と告白する。
ウンジュも幽霊を目撃、髪飾りの伏線
一人でリビングに取り残されたウンジュ(スミ)
キッチンの扉が独りでに空き、中を覗くが何もない。
キッチンの棚と床の間を覗くが何もない。
- 緑の服の女性が見きれてる
- (母親の幽霊かスヨンの幽霊かわからない)
鳴き声のような音がリビングから聞こえ振り向くが何もない。
視線をキッチンの下に戻すとスヨンが死んだ日に付けていた髪飾りが落ちている。
それを取ろうとすると流し台のしたから何者かの手が出てくる。
手を掴まれたことに驚いて振り替えると緑の服の女が立っており、ウンジュは二度目の悲鳴を上げる。
- スヨンの部屋に飾ってあった写真のドレス
父親とスミ(ウンジュ)の会話
悲鳴を聞いて駆けつけた父親はウンジュに薬を渡した
ウンジュ「一緒にいてよ」
父親「どうして?」
「変だもの」
「何が変なんだ?」
「ここにあの子達が来てから変なことばかり起きるじゃない」
「何バカなこと言ってる」
「だって見なかったの?」
「環境が変わったせいだ、休めば良くなるさ」
「いいえ、この家には何かあるのよ」
「様子を見てくる、休んでろ」
- 予期せず出現した幽霊のせいスミ自身混乱している。
その後、父親がキッチンに行っても何もない。
しかし、鳥が死んでいた。
その様子を見ていたウンジュは激昂してスヨンの部屋へ向かう。当初のシナリオ通り、ウンジュにスヨンを折檻させるため。
「開けなさい!」
何度も叫んでドアノブを捻るが開かない、そこで書斎の引き出しをひっくり返し鍵の束を見つけるとそれを使ってスヨンの部屋に入る。
- 箪笥からスミを引き離すため父親が鍵をかけていた
ウンジュによる折檻
スヨンの部屋のテーブルにはウンジュの部分が切り離され顔がペンで塗りつぶされている写真を見つける。
ウンジュはさらに怒りがこみ上がり、怒鳴り散らかす。
スヨンに手を出そうとして布団に乗り上げると妙な音がした、布団をまくると小鳥が布団の中で死んでる。幽霊のスヨンも驚いている。
二人は揉み合いになり、お仕置きと称してスヨンは箪笥の中に入れられ鍵を閉められる。
スヨンは絶叫しながら箪笥の扉を叩き続ける。
スミが自室で目を覚まし、部屋の外を覗くと階段を降りる人影が見える。
スヨンの部屋に向かい、箪笥を開け、驚いた顔をする。
『スヨン!』
『スヨンごめんね、何も聞こえなくて』
『ごめんねスヨン、ごめんね』
スミはスヨンを抱き締める
『こんなことはもう二度とさせないからね』
姉の肩越しにこちらを見るスヨン
- 何も聞こえなくて、というのはスヨン(実物)が死に際にスミに助けを求めた声のことでもあるのか、妄想と現実がリンクしてる
- スヨンがこちらを見る意味深すぎるシーンは「私をこんな目に合わせたのはスミなのにね」という目か?
現実に死んでいた方の鳥を埋める父親のカット。この後スヨンと部屋へ向かう
- その表情から今までの帰省より、事態が深刻であることが読み取れる
人格の統合
スミ(スヨン)を慰めるスミ。
現実に死んでいた方の小鳥を埋めた父親がスヨンの部屋に入ってきて、顔が塗りつぶされているウンジュ(実物)の写真を見つける。
「ウンジュのことだ、どうして彼女におかしなことをする!理由を教えてくれ!一体なぜ…」
- おかしなこと、とは写真を塗りつぶしたことか、もしくはウンジュ(実物)の鳥に対して行ったことか
- ウンジュ(実物)の話をする父親と、スミ(ウンジュ)の話をするスミ。絶妙にすれ違っていく。
『本当にわからないわけ?』
「わからないから聞いてるんじゃないか!」
『理由はあの女に決まってるでしょ!』
「だから彼女が一体何をしたっていうんだ」
- 父親はウンジュ(実物)がスヨン(実物)を見殺しにしたことを知らない。
『何って虐めてるのよ』
「何?」
『聞こえなかった?あの女、スヨンに虐待してる。
あの女がスヨンを、箪笥の中に閉じ込めお仕置きしたのよ!』
「おいスミ、そんなことを言うな!!」
『なんでそんなこと言うのよ、かわいそうにスヨンは凄く怖がってるのに』
スミ(スヨン)の腕を掴み揺する
「もういい加減にしろ!スヨンは死んでるんだ!」
『………え?…まさか…』
「スヨンはもう死んだんだ。しっかりしろスミ、…早く気が付いてくれ、な?」
『死んだなんて嘘。』
- スヨンは自身が死んでいると認識したのか、これ以降姿を表さない
- その一方でスミはスヨンの死を受け入れられず妄想は激化していく。今度はウンジュがスヨンを叩きを殺したという妄想を始める。この時点でスミは完全にウンジュである自分を認識できずにいる。
電話
「来てくれるか?俺はお手上げだ。どんどん酷くなる一方だ、迎えに行くから着いたら電話をくれ」
- 前回と同じくウンジュ(実物)への電話
真実と妄想の狭間へ
赤い血の滲んだ袋を引きずるスミ(ウンジュ)。
袋を棒で叩き始める。
- 袋の中身はスヨンという設定だが実際は人形
直後、スヨンの悲鳴に合わせ箪笥が倒れ、その下から手がバタバタ動くカット
- スミ(実物)の死を妄想したことで、本来の死因が頭をよぎった?
自室のベッドで目がさめる。
ドアの下にメモ書きには、
「スミ、少し出かけてくる、午後に帰るから扉の鍵は必ず閉めておくように頼む」
と書かれていた。
- 父親はウンジュ(実物)を迎えにいった
スヨンの部屋に行くが扉が開かない。
上を見上げると扉に釘が何本も刺さってる。
- スヨンの部屋の鍵をスミに取られたことから、父親が封鎖したのだろう
スヨンを探し回っているとお姉ちゃんとスミを呼ぶ幻聴が聞こえる。
急いで玄関の方へ向かうスミだが足元に血の跡を見つけ後ろ向きにそれを辿る。そして玄関の前にあるあの袋を見つける。
『スヨン…』
半狂乱になり袋の口を開けようとするが開かない。
キッチンでハサミを探すが見当たらない。
- スミが手に出来る所の刃物の類いは父親が隠したと推測できる
ヤカンが鳴って、水(薬)を飲む継母のシーン。
その後自分が薬を飲んでるシーンが一瞬カットインされる。そしてスミが袋を叩いてるカット。
- ウンジュは自分だったという現実がフラッシュバックした。
スミが目を空けるとさっきあったはずの袋がなくなっていた。
残された血の跡を辿ると今度は書斎の箪笥へ繋がっていた。
箪笥の中の袋に手を伸ばすと袋が動きだし、驚いたスミは悲鳴をあげる。
書斎の引き出しからハサミを探しだし、袋を切ろうとしたところで、ヤカンを持ったスミ(ウンジュ)が登場する。
「お前の家族にはもううんざり家族全員邪魔なのよ」襲いかかるウンジュに
スミはハサミで抵抗する。そして揉み合いになり頭を打って気絶する。
スミを引きずるスミ(ウンジュ)、スミが地面に転がされ画面は暗転する。
スミが目を覚めると床の血が消えていくのが目に映りまた暗転する。
- スミ視点の映像
- 暗転は、妄想の世界と現実世界の切り替わりを表現している
- スミの意識がこの時妄想から外れたが、次のシーンではまた妄想がはじまる
人形引きずるウンジュ。
奥にはスミが倒れたままである。
ウンジュが手を離すとごとりと落ちる音。
地面に転がされたのは人形ではなく、またもやスミ。
- スミが混乱しているため、映し出される映像も荒唐無稽なものになってきている
スミが見上げるとウンジュ
「一体なんで、私たちはこんな風になってしまったの?お前にはわからない?私が言ったこと、覚えてる?
いつかこんな日が来るって言ったでしょ。お前は、本当の恐怖を知ってる。
どうしても忘れたいことがあるのに、消してしまいたいことがあるのに、忘れることもできないし、消すこともできない。
それは、一生付きまとう、亡霊のように。」
『お願い助けて』
「ええ、あたしが助けてあげる。これで終わりにしましょう」
スミの頭上に人形を持ち上げるウンジュ
- スミは真実を直視することも、二重人格を演じることも拒んだ。完全に独立した人格として存在する二人、人格がウンジュに統合されようとしてる
- が、それは帰ってきた父親に中断される。
人形を持ち上げたまま、扉の開く音でハッとするウンジュ。
父親が帰ってきた。
父親が見る廊下に血はない。
廊下この先に目を向けると割れた人形と横たわるスミ
統一された人格
父親は慌ててスミを書斎のソファに運ぶ。
薬を取りに薬棚へ向かうと、薬だなの横にある箪笥に違和感を覚える。中を見ると袋と人形が入っていた。この人形はおそらくスヨンの部屋にあったもの。
薬をスミに渡そうとする父親。
この時スミは完全にウンジュの人格となっていた。
「スミはどう?ねぇ?」
「もうたくさんだ、俺ももう疲れた。薬を飲め、飲めば良くなる。」
- 目覚めたスミはウンジュだった
ドアの外で物音がして目を向ける二人。
チャイムの音がし、父親が出ていくと入れ替わりに本物のウンジュが入ってくる。
ウンジュ(実物)を見たウンジュはスミに戻る。
- ウンジュ(実物)を見たので、ウンジュの人格が消された。
そして自らがしてきたことのフラッシュバックが始まる。
小鳥を殺してウンジュにスヨンを虐めさせたこと、薬を飲んでいたこと、車から一人で降りてきたこと。
我に返り自分の手を見下ろすと、薬を持っている。
スミは目を見開いたまま、勢いよく薬を飲み込んだ。
- 真実を受け入れる覚悟を決めたからか、逃げ道(ウンジュの人格)がなくなったからか、スミはスミの人格として初めて薬を飲んだ。
精神病棟で
父親が医師と話している間、本物のウンジュはスミに会いに行く。
「スミ、大丈夫?もう終わったのよ、ゆっくり休んで頂戴、じゃあ元気でね、また会いに来るわ、じゃあまたね、行くわ」
笑みを見せ極めて優しげに話しかけるウンジュ。
去り際にスミに手を掴まれる。
「スミ、どうしたの?離して?離してったら」
- スミは正気を取り戻したことで、ウンジュ(実物)がスヨン(実物)を見殺しにした可能性に気がついて手を掴んだ
背後にいる父親に目をやり、スミに対して笑顔を作るウンジュ
- 父親の前だから本性を隠してる
「お願いだから離して!」
手を振りほどき、またも父親のいる背後に目を向ける。
自身の髪を撫で付け、動揺を落ち着かせてから立ち去る。
- スヨン(実物)を見殺しにしたことをばらされるのではないかと危機感を抱いているのだろう
- 病室に一人残されたスミは“あの日”のことを邂逅する。
- 自室で泣くスヨンのもとに母親が現れる。
- 泣いてるスヨンを撫でながら涙を流す母親。
- 口笛の音
- スヨンと口ずさむスミ
- しかしスヨンは口笛を吹けないのでこれは母親が吹いている口笛なのだろう
ウンジュの結末
家で一人、戸惑いを隠せずにいるウンジュ。
二階から聞こえた物音の正体を探るため、スヨンの部屋へ向かう。
スヨンの部屋に行くとカーテンの奥にリボンの様なもの垂れていてそれがサッと消えていった。
ウンジュがカーテンを開けても何もなかったが、その瞬間部屋の扉がしまり電気が消える。
振り替えると箪笥が独りでに開くのが見えた。自らの身体を抱き締めながら恐る恐る箪笥を見ると布団の隙間からまたリボンのような物が垂れている。
引き抜こうとするとその隙間から母親(幽霊)が出てくる、その時、赤子の鳴き声のようなものが聞こえる。
そして布団の隙間から透明の粘液のようなものが滴っているカットイン。ウンジュは悲鳴をあげる。
- 粘液は羊水?赤子の泣き声は?ウンジュの背後に子供の人形が並んでいるのも意味深。またも妊娠を仄かしているのか?結局謎のままだった。
- 母親が精神を病んだ原因は流産にあり、それを引き起こしたのが看護師のウンジュでありその後様々な要因が重なり自殺したというのは筆者の深読み
あの日の真相
スミによる回想
ウンジュが弟夫婦を招いた食事の席でスミはウンジュに反発し席を立つ、スヨンもお粥を流しに捨てる。
- スヨンの髪にはあの髪飾りがある。
その後自室に向かいベッドで泣き始める。
- この時ウンジュにぶたれ、髪止めが落ちるシーンがあったらしいが、編集でカットされてるらしい
ベッドに腰掛けスヨンを慰める母親。
目覚めるとそこに母親はいなかった。
部屋を見回すと箪笥の扉が独りでに開くのに気がつき、箪笥を明けると母親が首を吊って死んでいた。
叫びながら母親の体を揺らしていると、箪笥が倒れてきてスヨンは押し潰されてしまう。
- このとき箪笥から薬瓶が落ちてくることから母親が病気だったということが裏付けられる
大きな物音に驚く家族、ウンジュが様子を見に行くと箪笥の下でもがき苦しむスヨンがいた。
ウンジュは何も見なかったことにして階段を降りようとするが、再びスヨンの部屋の方向へ歩きだす。
そこでスミが部屋から出てくる。
ウンジュは今二階に上がってきた体でスミに話しかける。
「何か音がしなかった?」
『上に何しに来たの?パパは下だけど』
- この台詞は映画中盤のスミとスミ(ウンジュ)の口論の台詞と被る
「それはどういう意味?」
『母親面はやめてよね。頼むから余計なことはしないで
、どいてくれない?私でかけるの。』
ウンジュはスミの態度に腹を立て腕を掴んで引き留める。
「お前は、この瞬間を一生後悔するかもよ、忘れないで」
『その顔をみることが最大の後悔よ、出きるだけ離れていたいの、わかる?』
スミは掴まれた腕を振り解く。
- この時の台詞で、ウンジュはスヨンが死にかけていることを知っていたのでは、とスミに疑問を与えた。
スミは父親が呼び止める声も無視し家から出ていってしまう。
そして、あの物音が何だったのか、気になったようでふと立ち止まる。
スヨンのカットが入る
「助けてお姉ちゃん、お姉ちゃん」
家を振り返ると二階のベランダにウンジュ姿が見え、また歩きだす。
これが映画のラストシーンだった。
オープニングではスヨンと二人で家から出て湖に向かったが、エンドロールで桟橋にいるのはスミだけ。悲しい映像が続いた。
以上で解説を終えます。
過去一番の長文でしたか、お付き合いくださって、本当にありがとうございました!
また箪笥には小説版もあり、映画では分かりにくい謎が解明されると言われてます。ご興味あれば是非そちらも御試しください。
また、『箪笥』が面白かった、という謎解き映画好きな方にはこちらの映画もおすすめしております!
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
映画『箪笥』の魅力は極上の謎解き体験にある。《前編》
今回は未視聴の方へ、映画『箪笥』の魅力をお伝えしつつ、難解なストーリーを解読するための前知識をご紹介します。
前情報なしの方が楽しめる映画ですが、難解な映画なので「手を出しずらいな」と言う方は是非この記事を読んでみて下さい。
映画を視聴済みの方で謎の解明をしたい方は次の記事へ…!
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
お品書き
作品データ
箪笥(2003) 韓国 115分
原題 A Tale of Two Sisters
韓国の古典怪談『薔花紅蓮伝』をベースに、人里離れた家に住む一家の継母と美しい姉妹の確執、そして“家”自体が放つ禍々しい怪奇現象を描いた恐怖映画。「クワイエット・ファミリー」のキム・ジウン監督が、原作のモチーフのみを踏襲し、結末の予測できないホラー映画として現代的に再構築した。出演は「KT」のキム・ガプス、「H」のヨム・ジョンアほか。
キャスト
イム・スジョン Bae Soo-mi
ムン・グニョン Bae Soo-yeon
ヨム・ジョンア Eun-joo監督/脚本
キム・ジウン引用本サイト
箪笥/たんす : 作品情報 - 映画.com
視聴方法
- 見放題→Amazonプライム、ユーネクスト
- レンタル→TUTAYA、Rakuten TV
- その他→非推奨ですが「箪笥 吹き替え版」検索で見れます。
映画の魅力、こんな方にオススメ!(ネタバレなし)
- 謎解き映画好きの方!
- 謎解き映画のなかでも構成や登場人物の相関図が断トツで複雑
- 解りにくいが二回見ると納得できる上質な謎
- しかし、明かされない謎も二点残るのが難点(小説版でも謎のまま)
- ホラー映画好きの方!
- 人怖系、幽霊系の二種類の恐怖が一つの映画で楽しめる
- グロではないし、怖いシーンは少ないが、恐怖度は高め、ジャパニーズホラーが見れない人は要注意
- ドラマチックな映画好きの方!
- ホラーにしては情緒的でオリジナリティ溢れるストーリー
- 切ない気持ちになれます
前情報なしで謎解きを楽しむより、ある程度前情報がほしい方には次のトピック、映画の構成に関するネタバレをご覧ください。
構成を知っていても楽しめる映画ではあるかと思います。
※この下ネタバレあります
映画の構成(少しだけネタバレ)
映画の構成があまりに難解なので“どんな人物が登場するか”を事前に知っておくと、より映画を楽しめると思います。
登場人物は大きく分けて三種類。
- 生きてる人(スミなど)
- 存在しない人(スミの妄想上の人物)
- 死んだ人(生きているかのように振る舞うあの人)
この三層構造が視聴者を巧みにミスリードします。
この映画は、どんでん返しだけしか取り柄のないエンターテイメントではありません。
映画の中の伏線を見逃さず、登場人物達の謎を自分の手で解き明かしてゆく。
それこそがこの映画の最大のエンタメ要素であると私は考えています。
是非、この極上の謎解きを楽しんでください。
そして映画の細かい伏線や裏設定などは次回、解説&考察していきます。
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
※以下感想でネタバレしてます
感想(ネタバレ)
個人的な感想ですが、映画のジャケットが素晴らしいですよね。
よく見ると、スミとスヨンとウンジュの、三人の体が触れあっているんですよね!
二重人格であること、そしてスヨンの死も暗示していて、秀逸なジャケットでした。
映画の視聴後に改めて見ると「そういうことか!」ってなるのが気持ちいいですよね。
この監督、ジャケットもそうですけど作中に登場する写真や細かいカットイン等、“視覚的に情報を提示”するセンスが抜群ですよね。
2度目の視聴でしか気付けないことがあったり、遺品の写真もそういう目で見ると、かなり真実が見えてくるんではないでしょうか?
私は特に、オープニングの演出が秀逸だと感じました。
車から降りたスミが事故の日の事を思い返しているかのように、ブランコやベランダを見るんですよね。
そしてスヨンの手を握り、家の外に駆け出していく。
事故の日に出来なかった事を妄想の中で叶えるのが切ないです。
また、ご都合主義ではありましたが、箪笥にまつわるエピソードはオリジナリティがあって良かったです。
ストーリー上に箪笥に閉じ込められてスヨンが殺されたのかと思わせるミスリードもあり、初見では何度もどんでん返されてしまいました。
多くを語らず演出と演技で魅せる、今の映画にはない叙情的な作風に仕上がっており、大好きな映画です。
似た様な作風だと、シャマラン監督のミステリーもオススメです。
よければこちらの記事もご覧ください。
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
また箪笥には小説版もあり、映画では分かりにくい謎が解明されると言われてます。ご興味あれば是非そちらも御試しください。
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映画『シェイプ・オブ・ウォーター』考察。デルトロが批判する“永遠の愛”とは。
今回はギレルモ・デル・トロ監督映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のお話し。
圧倒的な映像の美しさに隠れて気づきにくい、デルトロ監督のメッセージを、数あるデルトロ映画と比較して解説&考察していく。
お品書き
作品情報
シェイプ・オブ・ウォーター(2017)
The Shape of Water
上映日:2018年03月01日/製作国:アメリカ/上映時間:124分
ジャンル:ドラマファンタジー
監督
ギレルモ・デル・トロ
脚本
ギレルモ・デル・トロ
出演者
サリー・ホーキンス
マイケル・シャノン
リチャード・ジェンキンス
ダグ・ジョーンズ
マイケル・スタールバーグ
映画賞・映画祭
アカデミー賞
ゴールデングローブ賞
ヴェネチア国際映画祭
ロサンゼルス映画批評家協会賞
あらすじ
1962年、アメリカとソビエトの冷戦時代、清掃員として政府の極秘研究所に勤めるイライザ(サリー・ホーキンス)は孤独な生活を送っていた。だが、同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)と一緒に極秘の実験を見てしまったことで、彼女の生活は一変する。
人間ではない不思議な生き物との言葉を超えた愛。それを支える優しい隣人らの助けを借りてイライザと“彼”の愛はどこへ向かうのか……。
シェイプ・オブ・ウォーター - 映画情報・感想・評価(ネタバレなし) | Filmarks映画
三つの色から読み解く本作のテーマ
映像のなかで印象的な色は青と赤だが黄色の存在が重要な役割を担っている。
黄色が意図的に演出されていたのは、家と私服。
警備職員ストリックランド、友人ゼルダ、友人ジャイルズ、この三人は家も私服も黄色。
そしてイライザの家と私服は青。
このことから、
青=《孤独》
黄=《コミュニティ》
と解釈できる。
(ジャイルズのコミュニティだけ猫だが、ゼルダとストリックランドには伴侶がいる)
そこで赤の持つ意味だが、赤い色のヘアバンドはイライザがアセットとのセックスの前に身に付け始めていて、イライザの真心、つまり、
赤=《孤独を繋ぐもの》
を表しているように思う。
この赤色と黄色の関係性が一番重要で、
“黄色はあくまでコミュニティで愛はなく、孤独で繋がれた赤色にのみ愛がある”という主張である、
冒頭に映るイライザの部屋のスタンドライトは黄色っぽい色だが、二人が浴室に水を貯め抱き合って、ジャイルズが水漏れを止めさせようと部屋に入ってきた時に、初めて赤色のスタンドライトが登場する
家を出るシーン、画面の右側、玄関扉の右に赤色のスタンドライトがあるのだが映らない
ちなまに、水の中にある家を舐めるように撮った冒頭のシーンでも死角になっていて映らない
初めて映る
黄色いスタンドライトとは別物
(この演出には鳥肌ですよね…孤独な世界に愛が灯る的な…ロマンチック)
また、黄色のコミュニティに愛がないというのは、ゼルダは夫に最早なんの真心も持っていないということが、その根拠である。
ストリックランドにおいては、イライザを誘惑した上に、妻とのおせっせの時、妻をしゃべれないイライザと重ねるために「黙れ」等と宣ったのだから真心もくそもない。
そして、ストリックランドは黄色い家に黄色い服でいながら、終盤追い詰められてくると家のなかで唯一青い間接照明があたる壁を背後に座っていて、その後は家を出てあの青いキャデラック乗り込む。
コミュニティの中にいながら孤独の世界へ逆戻りするストリックランド。
別日のシーンだが、ストリックランドのいる部屋の壁紙は本来黄色
背後にだけ不自然なほど青い間接照明
一人になるべく出かける予定もないのに車へ
指の結合部分から膿が出る
(かあいそう…)
以上のことから、赤は《孤独を繋ぐもの》
愛であり真心であり、本作で唯一イライザのみが持っている色なのだ。
「あなたには決してわからない、私がどんなにあなたを愛しているか、どんなに深くあなたを想っているか、愛を証明したいのにどうしていいのか私にはわからない。永遠にこのままよ、今あなたが気づいてないなら。」
愛を証明する手段がないと嘆くイライザ。
ゼルダやストリックランドは婚姻やエンゲージリングでもって真実の愛を証明して来たのに、今これ程まで熱烈な愛を伴侶に対して抱いていないことは明らかだ。
夫婦は時と共に真心を忘れてしまった、という意味に思える。
冒頭のジャイルズのセリフ
「彼女について知りたい?声を失った王女のこと。または警告しておこうか?真実と愛と喪失の物語について、すべてを壊そうとしたモンスターについて」
前半ではイライザの事を指しているが、
後半からはモンスターの事を、ストリックランドの事を指している。
“真実の愛と喪失の物話”は孤独の世界へ逆戻りするストリックランドの物語なのだ。
ちなみにストリックランドがエンゲージリングをはめる左手薬指をアセットに切られてから家族の中でも孤独を感じるようになったり、アセットを奪われる失態を犯した際に成功者が乗るティール色の車をベコベコにされたり、最後には喉を切られて声が出せなくなるし、本当に皮肉が効いてましたね。
ストリックランドはたとえ喉を切られて生き抜いたとしても“声を持たない孤独な人生”が待ち受けているというのは本当に皮肉、デルトロ式ブラックジョーク。
イライザやアセットをバカにした報復でしょうか?
おせっせの時妻に「黙れ」とか言えなくなっちゃいましたね、物理的に。
でも自慰をするときはきっと声が出せない自分をイライザと重ねることが出来ますね!
何はともあれ本作では、
『《永遠の愛》というのは幻想であり、ファンタジーだ、時間の流れの中で失われてしまって、愛は失われていく。』
とデルトロは主張したのでは?というのが私の考えだ。
その永遠の愛を否定するテーゼの役割を担ったのがかわいそうなストリックランドであり、永遠の愛を手にいれたであろうアセットとイライザは本作に置けるアンチテーゼだった。
しかし、今までのデルトロ映画と違うところは主人公が幸せを掴むということ。
これについては次のセクションでお話しする。
デルトロ映画に共通するテーマの読み解き方
(他作品のテーマのネタバレあり)
映画には、視聴者にお説教する“問いかけ型”と、監督の言いたいことをとことん見せつけてくる“自己主張型”があると個人的に思っている。
そして、ギレルモ・デル・トロ作品はかなり“自己主張型”に寄っていて、独自の手法でテーマを主張してくる。
その先駆けとなった映画が『パンズラビリンス』である。
本作では、幸せな虚構の世界と無情な現実の世界が独立したエンディングを迎える手法を編み出した。
ファンタジー映画でありながら、ファンタジーを妄想の世界だと真っ向から否定したのだ。
これはテーゼとアンチテーゼが逆転するデルトロならではの手法である。
一般的には美しいファンタジーの世界を描きたければ、アンチテーゼとして無情で残酷な現実を描くのだが、それが逆になっているのだ。
デルトロは無情で残酷な現実を描くために、アンチテーゼとして美しいファンタジー(妄想の世界)を描いた。
デルトロ映画に関しては一見テーマであるように美しく描かれているものが否定されていて、それと逆のことを伝えようとしてる、と思って見ればわかりやすい。
2006年『パンズラビリンス』では主人公が見る“妄想の世界”
2007年『永遠のこどもたち』では主人公が見る“死後の世界”
2013年『MAMA』ではダブル主人公の一人ママの“親が子供対して抱く愛”
2018年『シェイプオブウォーター』では主人公以外が誓った婚姻による“永遠の愛”
それぞれの映画でファンタジーを使い異なるテーマを否定している。
また、時を経るにつれ、独立していたファンタジーの世界と現実の世界がだんだん密接な関係になり、
主人公が否定されていたのが、だんだん主人公以外を否定するようになってきている。
つまり
『パンズラビリンス』
→妄想の世界と現実世界が完全に隔離されている
→妄想をする主人公が、妄想の世界などないと否定される。
『シェイプ・オブ・ウォーター』
→ファンタジーと現実が完全に融合したお伽噺風のリアルな世界感
→ストリックランドの永遠の愛が否定される。
と比較することが出来る。
イライザはデルトロ作品で、お伽噺の世界観とはいえ、初めて現実世界で幸せを掴む主人公だったかもしれない。
感想
めっちゃ刺さった映画。
ラブストーリーがこんなに私に刺さるとは。
見ててワクワクする!
というよりハイになるというか…
映像や人物や演出のクオリティも高い!
というより純度が高いといいますか…
一言で感想を述べると、ブッ飛ぶ。
本年度の“エラから吸いたい合法シネマ部門”金賞です!!!
相変わらず長文で読みづらい記事でしたが、ここまでお付き合い下さりありがとうございました!
予告編映像がとても美しいのでリンク張り付けときます、是非。
『シェイプ・オブ・ウォーター』日本版予告編
今回ちらっとお話しした『MAMA』の記事はこちら
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
映画『キングスマン ゴールデンサークル』続編映画としての完成度があまりに高い理由を考察。
不謹慎映画として名高い『キングスマン』の続編映画。
前作の良さをぎゅぎゅっと凝縮した、ファンの為の続編映画であり、続編映画界の最高峰。
今回はこの映画を元に、映画全般を通して言われる“続編になるとクオリティが落ちる説”の理由を解明し、前作と続編、それぞれを最高に楽しむための映画の見方をお話しする。
今回はかなり内容の軽い記事です、軽い気持ちで呼んでください。
キングスマン:ゴールデン・サークル(2017)
上映日:2018年01月05日
/製作国:
- イギリス
上映時間:140分
ジャンル:アクション
あらすじ
スパイ機関“キングスマン”の拠点が、謎の敵、ゴールデン・サークルの攻撃により壊滅。
残されたのは、前作で一流のエージェントに成長した主人公エグジー(タロン・エガートン)と、教官兼メカ担当のマーリン(マーク・ストロング)のみとなってしまう。敵を追い、同盟を結ぶスパイ機関“ステイツマン”の協力を得るためアメリカに向かう二人。しかし、表ではバーボン・ウイスキーの蒸留所と最高級のバーボンを提供する店を経営しているステイツマンは、英国文化に強い影響を受けたキングスマンと対照的に、コテコテにアメリカンなチームだった!
彼らは文化の違いを乗り越えて、ゴールデン・サークルが企む陰謀を阻止することができるのか!?
感想
『キングスマン ゴールデンサークル』
音学が印象的なアクション、カッコ良すぎる秘密ツール、不謹慎コメディ、新たな秘密組織、あらゆる手段で視聴者をワクワクさせる映画で、大変よろしかったです。
「果たして前作のあのエンディングを超えられるのか?」と訝しみながら見たが、
冒頭のアクションシーンで杞憂だったことを思い知らされた。
「キングスマン、ゴールデンサークル、…優勝。」
私はそう口にしながら拍手をしていた。
優勝。圧倒的、優勝。
どんなエンディングを迎えようが星5のレビューを私は書くだろう、冒頭でそれを確信し、エンディングを迎え、大満足の結果に終わった。
素晴らしい映画、優勝!
続編になるとクオリティが落ちる説について
基本的に映画の第一作目では、主人公やストーリーの“真新しい設定”というシリーズ一昨品目でしか使えない切り札がある。
この“真新しい設定”が視聴者をわくわくさせ、クライマックスで迎える結末に大きな爽快感を与える。
続編ではその切り札がない分、視聴者を映画の世界に引き込むことが難しくなる。
だから“続編になるとクオリティが落ちる”と思われてしまうんですよね…
『キングスマン ゴールデンサークル』は、その切り札がない分、クオリティと手数で勝負してきたことが続編映画で珍しく成功を納めたと言えるでしょう!
続編映画とはかくあるべき!
前作と続編をホテルの食事に例えるなら、
前作はフルコースのディナー!
丁寧に練られた設定という前菜から始まり、わくわくネタが続いて、最後にどえらいメインディッシュがくる。
(不謹慎花火のこと)
続編はビュッフェスタイルのディナー!
キングスマンといえばコレだよね!と楽しめるネタや新登場のワクワク要素が、冒頭から結末まで途切れることなく豊富に提供されるが、ビュッフェである以上メインの味が少し落ちてしまう。
(不謹慎ハンバーガーのこと)
みたいな感じ。
私はビュッフェの方が好きなので『ゴールデンサークル』めちゃくちゃ好きです!万歳!
映画が始まってすぐ、前作ファンをの心を捉える演出には脱帽です。
プリンスの「レッツゴークレイジー」に合わせて繰り広げられるアクションシーンに心踊らなかった視聴者は、まずいないでしょう!
というか、個人的にプリンスが好きなんですよね。
「レッツゴークレイジー」はアイススケーターの羽生結弦さんがフリーの演技で使った楽曲としても有名ですよね!
(有名…ですよね…?)
とにかく、私が言いたいのは、
続編映画には続編映画用の楽しみ方があるので、前作と比べるのはナンセンスでは?
ということ!
みんな違って、みんな良い!以上!
コメディ好きな方にオススメしたいホラーコメディまとめました!
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映画『ドクタースリープ』原作小説との違いと、前作『シャイニング』との繋がりを考察。
シェイプオブウォーター今回は映画『ドクタースリープ』のお話。
前回お話しした『シャイニング』の続編映画である。
前回記事はこちら
badendnihaimigaaru.hatenablog.com
『ドクタースリープ』はとてもややこしい映画なのだが、その理由は前作映画『シャイニング』がややこしいからなのだ。
『シャイニング』ではスティーヴン・キングの原作小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した。
その結果全く別のストーリーになってしまいキングが激怒したが、そのキューブリック式映画が多くのファンを産み出した。
その『シャイニング』を巡る二人の確執があるので、続編と言われても
「小説と映画、どっちのシャイニングの続編なの?」
とシャイニング鑑賞済み視聴者が困惑してしまうのだ。
“キングが、小説版シャイニングの続編として書いた小説版ドクタースリープを、キューブリック式のシャイニングに繋がるよう小説のストーリーを改編をして作った映画”というのが答えである。
なんともややこしいのだが、
この映画はこの製作背景があるからこそ、多くのファンを満足させながらも、(私を含める)一部のファンを置き去りにしてしまった、キングの自己満足映画なのだ。
ここからは『シャイニング』を巡る二人の確執の所以である根本的思想の違いを、まず知っておいて頂きたい。
前回の記事はこちら。
映画『シャイニング』裏話、考察、感想。ラストシーンは製作陣の確執から生まれた。 - バッドエンドには意味がある
キューブリックが死去してからも映画版『シャイニング』を酷評し続けたキングが、『ドクタースリープ』で小説をどう改編したか、何故そうしたのかお話ししていきたい。
特に小説版のラストは個人的に映画より素晴らしいと思うのでがっつりネタバレしていく。
なお、私は本作に対して少し批判的な意見を持つが、映画版『ドクタースリープ』をキングは大変気に入っており、その辺りについてまとめられた記事など、この映画を称賛する記事は最後にまとめておく。
映画版のストーリー(ネタバレ)
“起”
前作「シャイニング」での事件後、ダニー・トランスの心理的なトラウマは残り続けている。
237号室の腐敗した女性の亡霊も含めたオーバールックホテルの亡霊はダニーを現在も追跡しており、いつか彼の能力シャイニングを貪ろうとしている。
オーバールックホテルのシェフであったディック・ハロランの霊はダニーに対し、以前のホテルのオーナーであるホレース・ダーウェンの霊も含めたホテルの亡霊達を、ダニーの心にある虚構の箱に封印するよう伝える。
“承”
その後成人したダン(ダニー)は、父の短気な性格とアルコール中毒を受け継いでいたが、アルコールを断つことを決断し、小さな町であるフレージャーに住み、観光名所やホスピスで働き、アルコール中毒者支援団体のセラピーに参加する。
長年に渡りアルコールの力で抑えられていたダンの超能力が再度目覚め、死の縁にある患者に慰めを行い「ドクター・スリープ」のニックネームを得る。
その後、ダニーより強い超能力を持つ少女アブラ・ストーンからダンの元へ黒板を媒介にメッセージが届き二人のシャイニングを使った交流が始まる。
“転”
ある夜、アブラはその能力により、半不老不死のヴァンパイア集団トゥルー・ノットによる少年への拷問虐殺の儀式の目撃者となる。
彼らはシャイニングの能力を持った者が苦痛を伴って死んだ際に抽出される生気を求めて、アメリカ全土を彷徨い、定期的に生気を貪っていた。
トゥルー・ノットのローズ・ザ・ハットはアブラの存在に気づき、無限の生気を得るために彼女を拉致しようと企てる。
アブラは超能力を使い、アブラのことを探ろうとしたローズを罠にはめた、痛め付け、逆にローズの情報を得るがローズの怒りをかってしまう。
アブラから助けを求められたダンは、友人ビリーとアブラの父デイビッドに二人の関係を明らかにする。
始めは怒りをあらわにし懐疑的であったデイビッドであったが、徐々にダンを信じるようになり、アブラを守るため計画への参加に同意する。
そしてローズの仲間と対決しビリーとデイビッドを犠牲にしたがダンとアブラは打ち勝った。
その後二人はかつてのオーバールックホテルにローズを誘い出す。
“結”
バーでは自分のことをバーテンダーだと思っている父の霊と奇妙な邂逅をする。
その後ダンはオーバールックホテルで亡霊が入った“箱”を解放し、ローズを襲わせ勝利した。
アブラをホテルの外に逃がしたダンは、ボイラーを破裂させ自分もろとも幽霊達と呪われたホテルを葬り去る。
そして霊となったダニーはハロランと同じようにアブラのもとへ赴き、シャイニングを両親に隠さず生きろと言って、アブラはそれに従う。
シャイニングは個性の輝きとなる。
(Wikipediaより引用、編集)
小説版との違い(小説ネタバレ)
・ハロルドが死んでいる
→キューブリックにより映画版では殺されているので辻褄合わせだ。
・トゥルーノットの一人が普通に消滅する
→小説では野球少年が患っていた麻疹が移り死ぬ。本来人間達(下民)の病気は移らないのだが、彼らは弱っていた。そして感染拡大していくこの麻疹を治癒するためにアブラの協力なシャイニングを追い求める。
・ホテルが残っている
→映画版で父ジャックがホテルを爆破しなかったため。
小説ではホテルの跡地にトゥルーノットの本拠地といえるキャンプ場になっている。
・アブラの祖母が登場しない
→小説では癌で死ぬ際、ダニーに癌を含む生気を託す。
ダニーはそれを“箱”に封印し本拠地のキャンプ場にいるローズの仲間に吸わせ一掃する。
・幽霊がローズを仕留める
→小説ではローズの罠として、姿を消すことができる仲間の一人がダニーの背後に隠れて命を狙っていた。
ここで、盛況だねおじさんの霊によりその仲間は殺されるが、ローズはアブラとダニーのシャイニングにより建物二階の手摺に押し付けられ、落下して死亡する。
・父がバーテンダーとして登場する
小説ではローズを倒した際にダニーは二人の力で落とせたのかと疑問を持つ。
その後、階段の上に立つ父との邂逅を果たす。
(詳しくは小説ネタバレで)
・アブラが達観しすぎている
アブラは確かに大人っぽいが、冷静に言葉でローズを追い詰める強かさを見せた後、対決に怯えて泣いたりする。
ぬいぐるみを抱き締めたり、年相応にはしゃいだりもする。
力を使うとお腹が空いてコーラを飲んだり、ストレスで顔にニキビを作るような普通の女の子の面もきちんと描かれており、何より癇癪持ちである。
(詳しくは小説ネタバレで)
・ダンが死ぬ
小説ではそもそもビリーもデイビッドも死なない。
それにもっとたくさんの仲間と、その絆が描かれている。
ダンは生きて乗り越えなければいけない壁が映画にも描かれていた。
(詳しくは小説ネタバレで)
・アブラとダンが血縁でない
アブラは本当にダンの姪。
父ジャックが教員の時にアブラの祖母と短期間交際して産まれたのがアブラの母。
交際後、ジャックは生徒に怪我をさせて職を失う。
ダニーもアブラも、父のアルコール依存や癇癪持ちを遺伝的に引き継いでいた。
ダンの癇癪を向けられたアブラが血の繋がりを確信するシーンもある。
ドクタースリープはトゥルーノットとダンの、一族同士の戦いだったのだ。
そしてダンとアブラが一族の持つ人間的な弱さとの戦いにも勝利していく話だ。
キングが映画でしたかったことの考察
キューブリックが描かなかった父のホテルの爆破を、本作ではダニーが担い、キングが前作映画で叶わなかった結末が本作で描かれている。
しかし、最も重要な小説の改編はそこではない。
父との邂逅、ローズの迎える結末、そこにはキューブリックに対するキングのヘイトが感じられる。
バーテンダーである父親が酒を進めてもダニーは決して口にしないし、
ローズは人間であるダン達でなく幽霊に殺させた。
『幽霊などいないし、人間でありながら狂う方が恐ろしい。』
というような主張していたキューブリックに対して、
『幽霊は恐ろしいし、主人公は苦難に打ち勝つ。』
『これがお前がシャイニングでしなかった演出だ!』
といった具合のキューブリックヘイト。
キューブリックの演出をオマージュしながらもキングはしっかりと主張していた。
小説版が最高!筆者の感想
私はキング、及び脚本家が行ったクライマックスの改編が、『ドクタースリープ』の価値を落としてしまったように思える。
キング小説の良さは、オカルト的なテーマだけでなく、登場人物の人間性が奥深く描かれていることだと私は考える。
ヒューマンドラマとしても楽しめるホラー、それが私は好きなのだ。
映画化にあたりストーリーを短くしなければならなくても、『ペットセマタリー』89年版ではしっかりと台詞や視覚的な効果で人間性が描かれていた。
しかし『ドクタースリープ』ではどうだったか?
アブラはXメンみたいに勇敢なキャラクターで、ダニーの人間性も表面的なものしか描かれていない。
デフォルメが効きすぎて、底の浅い演出の映画になってしまったように思う。
また、映画のドクタースリープは一族同士の戦いと一族の持つ人間的な弱さとの戦いという“物語の核”となる部分もないがしろだ。
ローズが幽霊に殺された事により、小説の情緒的な、ストーリーの核となる部分が表現されなかったようにも思う。
アブラやダニーのラストの会話もそうだ。
これは後程小説が如何によかったかネタバレされて頂く。
“ガソリンの入ってないキャデラック”だと私は感じた。
何がこの映画の核なのか、テーマは、メッセージはなんだったのか、そこがしっかりと描かれてない。
キング、もっと自分の小説の良さを映画にだしてくれ!!!
そして演出&脚本家の人、キューブリックオマージュに力をいれるなら、キング小説の演出も、もっと力をいれてくれ!!!
しかし、ガソリンが入ってあろうとなかろうと、キャデラックはキャデラックだ、存在そのものに価値がある。
とも感じている。
小説版の結末
では、本来小説で描かれたクライマックスはどうだったのか。
引用部分に関しては斜体で書き記す。
他は小説の内容を要約してある。
ローズを倒した後、父との邂逅
ふっと足をとめてふりかえり、〈ルーフ・オブ・ザ・ワールド〉に目をむけた。
手すりかわ壊れた箇所のすぐ近くにたたずむ男の人影を目にしても、ダンに驚きはなかった。
男は片手を持ちあげると - 手を透かしてポーニー山が見えた - ダンの子供時代の記憶そのままのしぐさで投げキッスを送ってきた。
そう、よく覚えていた。
それは父子が一日の終わりにおこなう特別な習慣だった。
《さあ、寝る時間だぞ、ドック。
ぐっすり眠るといい。ドラゴンのお話しを夢で見たら、明日の朝、きかせておくれ》
ダンは自分が泣きそうだとわかったが、今は泣くわけにはいかない。
今はそのときではなかった。
ダンは手を口もとにもちあげて、投げキッスを返した。
その後、父の名残を見つめてから、ダンは駐車場に降りる。
振り返ったときそこには誰もいなかった。
アルコール依存症患者達のセラピーにて
アルコール依存症者がじっとダンを見つめるなか、ゆっくりと過去の過ちを告白する。
『神に対し、自分に対し、そしてもう一人のの人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた』という人生のステップを越えるため。
一夜を共にした女の家で目を覚ましたとき、彼女に子供がいることを知りながら、彼女の財布の金を盗んでしまったことを話した。
しかし、ダンの恐怖は杞憂だった。
そこにいた人たちは誰もダンを責めなかったし、驚きもしないし、目の前のピザの方が関心を引いていた。良くある話だったのだ。
ダンは自らの過去を告白することで、自らの本質を認めた。
アブラと癇癪について話す
アブラの15歳の誕生日パーティーでダンと話す。その時のアブラは内面を閉ざしていた。
父と母から“お皿の件”で説教されると思っていたからだ。
“お皿の件”それはアブラが友人のパーティーで、出された酒を好奇心から一口飲んでしまったことが発端だ。
帰宅後、そのわずかな酒気を感じた母に問い詰められ、ムッとなったアブラは癇癪を起こし、母が大事にしていたお皿のコレクションをシャイニングで割ってしまったのだ。
「そんなつもりじゃなかった、って謝ったけど信じてもらえなかった。どんなことも信じてくれない!ただうっかりしていただけ、めちゃくちゃ“怒っていた”だけで」
「君は生まれつき怒りっぽいからね」
ダンはローズをが死にかけていた時《痛ければいいのに。めちゃくちゃ痛ければいいのに》と言っていたことを思い出していた。
そして説教はせず、父ジャックのそのまた父のマークに纏わる話をする。
怒って妻をステッキで殴り重症を負わせたこと。
それを階段から落ちたと医者に嘘をついたこと。
家族がマークに対する恐怖から口裏を合わせたこと。
そして、ジャックもまた、ダンの腕の骨を折り、オーバールックホテルで母を殴り殺そうとしたこと。
ダン自信もバーでむかつく男を殴ったこと。
アブラはそれを聞き傷ついた。
ローズを殺したときに喜びを感じていて、
その事を悔やんでいたからだ。
その事についてダンは「血が血を呼んでいるだけだ。」と話す。
「わたし、どうすればいいの?たまにものすごい怒りを感じる…」
ダンはゴミ捨て場でその怒りを発散すればいいとアドバイスする。
その後職場から呼び出しを受けたダンは、去り際にアブラを抱き締め、アブラも同じように抱き返した。
「がんばる、まじでがんばるから」
「きみならできるよ。いいかい、アブラ…きみを心から愛しているんだ」
「とっても嬉しい」
ダンの仕事
アブラの誕生日パーティーを抜け出し、職場に到着したダン。
そこでは同僚が事故に遭い瀕死だった。
あまり好きでない同僚だったが、ダンはドクタースリープとしての職を全うする。
「怖いことなどない、君は眠るだけでいい。ぼくはここにいる。ここにいるよ ー君が眠りにつくまで」
ストーリーはここで終わる
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『シャイニング』と『ドクター・スリープ』―小説と映画の複雑な関係 - otocoto | こだわりの映画エンタメサイト
『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』こだわりの音楽制作秘話 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
余談だがこの記事の画像が横になっているのは、
こうやって、パパと息子の邂逅を果たしたかったなんていう私の自己満足です。
今回も長文にお付き合い下さいましてありがとうございました!
次回は軽い記事を、『キングスマン』と『キングスマンゴールデンサークル』を比較し、映画全般を通して言われる“続編になるとクオリティが落ちる説”の理由を解明し、それぞれを最高に楽しむための映画の見方をお話しする。